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第5話
食事を終え、一旦ロッカールームに寄ってから歯磨きをした。これも習慣。
自分の部署に戻るまでに首にチョーカーを付けている者と一人二人すれ違った。それを付けているということはΩだという証拠であり、襲わないでくださいと言っていることに等しい。
玲也は自らΩだという性別を明かしたくないため、そんなものに頼る気は一切なかった。
だから薬できちんと管理もしている。それなのに、におわないと思い込んでいた今日に限ってにおうと言われた言葉に過敏に憤慨したのだ。
食後の薬を飲んでそんな感情を押し止める。
彼は二十四歳の自分より一つ年下だというし、aなのだからこのまま出世コースを歩んでいくだろう。ここではただ仕事を教える者としての関係性なのだ。
上手に感情をコントロールすれば何も問題はない。
大丈夫。
努力して掴んだ定位置は揺るがないし、先に進めるものは進めばいい。
それだけのことだ。
デスクに戻ると藤巻も後輩の部下と一緒に戻って来た。
「時津さん、昼は一人で食べるんですね。佐上(さがみ)さんが最初の頃誘ったけど断られたって言っていました」
「余程のことがない限りは一人だね。一人暮らしだから会社でも一人のほうが気が楽なんだ」
「普通逆じゃないですか? 一人暮らしだから、誰かと食べたいと思うものじゃないですか?」
「そこは人それぞれだよ」
「そうですね。でも俺は時津さんと食べてみたいです」
「……ありがとう」
驚いた。
近寄るだけで高鳴る鼓動は薬で緩和されているはずなのに、最初の最悪なイメージからどんどんと彼に対しての印象が変わってきている。
蔑(さげす)まれる立場のΩは馬鹿にされることが多い。それなのに、そんな自分と一緒に食事をしたいと言ってくれたのも何だか嬉しかった。
決してクロスしない道があった。だけれど美しくも並んだ平行線がささくれだった気持ちを静めていくのだと確かに玲也は思った。
道には綺麗な物も汚い物も美しい少女も目をそむけたくなるような物もプライドも優しさも憎悪も転がっている。
「佐上とは?」
「βの匂いは嗅ぎ慣れてて……。Ωの人と久しぶりに会ったので」
「へえ」
「だから時津さんと、いたいです」
「わかった。じゃあ、同じ部署にいる間は一緒に食おう。ただ、不用意に触れないでくれるかな」
「わかりました」
彼とランチを共にすることが決まった。入社してから一人でいることを好んでいたし、また、同じ部署にΩが誰もいないことから、一人でいることが必然となっていたのもある。
好んで自分からΩの友達を作ったのは高校生時代だけで、大学に進学しても何となく授業が同じだからとつるむようになった性欲処理のための男友達以外は本当に一人で行動することが多かった。
単独行動に抵抗はまったくなかった。
一人でたまにカラオケや映画館、それこそ外食も出来た。
そんな自分にあえて一緒にいたいなど、変わっていると思う。
それとも、aやβを惹きつけるΩに限ったフェロモンとやらを無意識に発しているのだろうか。
「まだにおうの?」
「え?」
「今朝言ってたじゃん。におうって」
「ああ、久しぶりに嗅いだんで特に強く感じただけで今はそこまで強くないですよ」
「そう」
つらつらと述べられる彼の言葉は断定的で、的を得ているから何故だか信用してしまう。
そうして、午後の仕事が始まる。
一つ教えれば理解の早い彼はすぐに飲み込んで吸収してくれるものだから、教える側からすると、とても楽だった。
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