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第8話

 だから、掴まれた腕をゆっくりと振りほどく。そして読み上げるように言葉を紡ぐ。 「仕事以外で人付き合いはしていないんだ」  真っ直ぐな熱い眼差しが疑問を浮かべるように揺らいだ。 「においを嗅いでいる時にあんなにもフェロモンを発していてそれはないんじゃないですか」 「うん……たまにね、我慢出来なくなる」 「それなら」 「それなら?」 「付き合ってください」 「……無理だよ」 「なぜですか? 相手、いないんでしょう」  相手がいるのなら、番となった者は相手以外に対してフェロモンを出さなくなる。だから気付かれても仕方のないことだ。  だが、それでも特定の相手など作りたくない。ただでさえ人と関わるのを避けていたのだ。一緒に昼食を摂るようにはなったが、それ以上を望まれても期待に応えてやれる自信はない。 「私物、借りて悪かった」 「いえ」  幸いにして誰も通りかからなかった休憩所から出ようと立ち上がる。その玲也の腕を掴む手に振り返った。 「俺、本気ですから」 「ありがとう」  常套句で返して仕事場へ戻った。  もう息苦しさはない。aのにおいと軽い口付けで済んだ。  この周期は一体いつまで続くのだろうか。  終わりの見えない自分の体に、取り敢えずは大丈夫だと暗示をかけてやり過ごしている。  きっとこの先もそれは変わらない。  しかし、自分から他人のにおいを欲したのは初めてのことだった。いつもはなるべく薬で誤魔化して一人で上手にやり過ごしていただけに、疑問だけが残る。  毎日顔を合わせなければならないので、変なわだかまりを残す気は毛頭ない。  ないのだ。  例えそれが好意を寄せられていたとしても、折角上り詰めた今の職場から自ら離れることもしたくなかった。  自分一人で生活するために、Ωだからと差別されずに生き抜く手段といったら限られてくる。それこそ体を売れば手っ取り早く薬に頼ることもないが、玲也の中のプライドが許さなかった。  プライドだけが巨塔のようにそびえたっているので、仕事の結果に誰も文句を言ってこない。  それだけが玲也の存在意義だった。

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