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第11話

 封筒作りも終わり、今度は手紙を折る作業に入る。これもまた、折って封筒に入れてのり付けをするだけという簡単なものだ。  それが終われば一日の仕事は終わりだった。 「帰りにハンカチを返す」 「ああ、この間の」  洗濯をしてアイロンもかけたそれは綺麗な状態になっていた。来週からわからないところがあれば近くの人に聞くようにと言い、彼はわかりましたと返事を返した。  そしてそれを帰り際に藤巻に手渡し、それぞれ違う駅のほうに向けて歩き出した。  これでいい。  このくらいの距離感が正しいのだ。  触れられたことは水に流して、ふさわしい相手を見付けて欲しいと心の隅で思う。    いつヒートが始まっても構わないように週末のうちに数週間分の食材や備品を揃えた。      とても不便なことに、ヒートの時には買い物に出かけることも出来ないのだ。  難儀なことだ。  重たい荷物を抱えて自分のマンションに帰宅した時には薄暗さにほのかに日没のなごりがちらついて、うっすらとオレンジ色の雲がたなびいていた。  玲也の手にまだらに射した陽光の一遍が触れた。初夏の、暑苦しさの中にわずかに涼しい風が通り過ぎる気持ちの良い季節だった。  買って来た物を所定の位置に仕舞ってからスマートフォンの電話の履歴画面を出す。  仕事場ではデスクの固定電話を使うため、私用で電話をかける相手は家族ぐらいのもので、他には美容室や歯医者など、数か月置きに出向くところが羅列されていた。  その中に埋もれるように履歴の残る店へ電話をかける。数度のコール音ののちにすぐに若い男性の声が聞こえた。 「はい、こちらホワイティー藍川です」  爽やかな溌溂とした声だ。 「いつもお世話になっている時津です。来週の月曜日から予約をお願いします」 「指名はありますか?」 「椎奈さんは空いていますか?」 「はい、空いています。また1ピークの時だけで大丈夫ですか?」 「大丈夫です」 「わかりました。では、来週から向かわせますね」  予約を取り終えた端末を丁寧に木製のローテーブルの上に置く。このホワイティー藍川は社会人になってから使い始めたΩ専用の性欲処理の店で、検索をしていたら見付けた男性が男性を買う店だ。  指定期間の間、身の周りのことを全て行ってくれるので、大変助かるし勝手に外へ繰り出して行くのも止めてくれる。  最初は誰を選んだら良いのかわからず、店のおすすめを試し尽くし、結局、椎奈という3つ程年上のaに決めた。  彼らは決して番にならないということが条件で働いているので、特別な関係になることもない。  それが寂しいとは思わず、仕事で来てくれるだけでありがたいと思っていた。  つかず離れずの距離感。  クランベリーのような甘酸っぱいレンアイはもうこりごりだった。そもそもΩというだけで蔑まれてきたので、人を信用することが出来ない。  お金で買える等価交換ならば裏切られる心配もないので、ここ数年はヒートが訪れるたびに椎奈の世話になっていた。  その時また、本気ですと言った彼の姿が脳裏に浮かんだ。彼の周りには魅力的な女性がたくさん集まるのだろうなと勝手に思う。  しょせん交わることのない平行線の関係だ。  職場で上手く誤魔化し誤魔化し適度な距離を取っていれば相手から離れていくに違いない。  冷めてしまったらそれまでのことだ。  それを寂しいとは思わない。  写真が嫌いだと思うのも、過去を振り返っても何も生み出せないからで、楽しかった記憶ばかりがついて回るので苦手だった。そんな思い出はいらない。楽しいことは悲しい時に励みになるなどとんだ言い回しで、より一層悲しみに拍車をかけるだけなのだ。  人と関わるのが苦手だと言っても、一人で生きていけるわけもなく、誰かしらとの関りをもって生きている。

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