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第19話

 3  非日常は唐突に現れて、季節のように移り変わっていく。その速度といったら瞬く間で、膨らんだ蕾が気付いたら花開いている感じに似ている。  彼から言われた言葉を上手く理解することが出来ずに、何? と聞き返す。 「今週末にデートでもしませんか?」  デート。  久しく聞き慣れない単語に数秒間思考が止まった。確かに昔付き合っていた人がいた時にはそれに似たものをしたことがあるが、外で会うことは滅多にしたことがない。 「え、ちょっと待て」 「普通のデートってしたことあります?」 「……ない、ないから動揺してる」  昼食中に言われた提案に箸が止まった。  Ωだと判明する前には彼女がいたが、それも中学生のことで。恋愛と呼ぶには稚拙なものだった。  そのため、一般的なデートがどんなものなのか頭の中で処理をするのに時間がかかっている。 「身の周りの世話をしてくれるかたを雇っているくらいなら、外でデートしたことはないんじゃないかと思いまして。どこか行きたいところとかありますか?」  数秒間しか経っていないはずだが、長らく待たせた気がして焦りながら何とか言葉を探す。  それでもどこかに行きたいという願望は特に思い浮かばない。  酷いことだ。  彼さえ傍にいてさえくれればそれで良かった。他に望むことなんて何一つないのだ。 「……アートアクアリウムとか」  何とか絞り出す。 「ああ、良いですね」 「駅にポスターが貼ってあったから気になってた」 「今週末も晴れが続くみたいなので、行きましょうか」  さらりと承諾された微かな願望に驚く。  人と付き合うということはこんな感じだっただろうか。遠い昔のことのようで全く思い出せない。 「藤巻さんは? 行きたいところないの?」 「俺は、そうですね。カフェでゆっくりしたいかな」 「写真とか撮ってネットに載せるタイプ?」 「いえ、そこまではしませんよ。ただ分厚いスフレとか食べられたら幸せです」 「じゃあ、そうしよう」 「良かった。時津さん一人で食事を摂っていたから人混みも嫌いかと思っていました」 「好きではないけど、目的のものがあるなら平気」 「そうなんですね」  今日も今日とて食券を買う彼は自炊をしないのだろうか。そんなことをのんびりと考える。別にそれが悪いことではない。この食堂で買って食べる者はかなり多いのだ。  交わした約束の言葉はたくさんの会話が飛び交うフロアの中で紛れてしまった。  それでも週末の約束に心が満ち足りていく。 誰かとどこかへ行くなど、この数年間してこなかった。  いや、正確に言えば避けていたのだ。飲み会だったり遊びに誘われたことはあるが、断り続けて人を避けていた。  離れて近付いて、また繰り返している。  どうか今度こそは離れないようにと願って眼前で綺麗に食事を摂る彼を見つめた。  その視線に気付いたのか、顔を上げてにこりと笑われた。  微笑みを返して気付いた。今こそが幸せなのだということに。  次に行うことが一番良い結果になるようにと言われているが、そうじゃない。今が一番大切なのだ。  今がなければ、次などない。  次が一番ならば今を捨てているのと同じことだ。 「藤巻さん、ありがとう」 「? いえ、こちらこそ」  わからなくて良い。  自己完結の自己満足なのだから。  

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