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第20話
彼の仕事の飲み込みの速さはさすがaだけあって難しいものも一教えれば百理解してしまった。
そして瞬く間にどんどん吸収するものだから教えることもあと僅かになり、あっという間に週末を迎えた。
その日は快晴の真夏日で、ロング丈の白いのトップスに細身の黒いボトムスを合わせ、外を歩くのはしんどいので、なるべく日陰を選んで待ち合わせの駅に向かった。建物の中は冷房が効きすぎているとわかっているので、ネイビーの薄手のロングカーディガンも持っている。
待ち合わせ場所にはもう藤巻の姿があった。こちらもロング丈のインディゴのTシャツと黒のスキニーに七分丈のチャコールグレーの羽織りものというスタイルだった。
さらりと着こなしてその場に立ちスマートフォンを眺めているが、それだけで様になっている。aだからとか優れた容姿といった簡単な言葉で言い表せない雰囲気が醸し出されていて、好奇の視線を集めているのがわかった。当の本人はそんなことには一切気付いていないようだったので、傍に寄って声をかける。
「お待たせ」
「ああ、時津さん」
「……休日は名前で呼んで良いよ。堅苦しいだろ?」
「良いんですか?」
「良いよ」
「では、玲也さん。俺のことも名前で呼んでください」
「圭くん? 名前呼びって難しいな」
「佐上さんのことは苗字で呼んでいますもんね。もしかして社内で名前呼びしているの俺だけですか?」
「君だけだよ」
「そうなんですね。ふふ、特別みたいで嬉しいな」
一人で出かけることが多く社内の人間と外で会うことがないため、自然とそうなる。
それは藤巻も感じ取っていることだろう。
再確認をするように自分だけが特別なのだと口にしているようだった。
そして新しい一日の始まりが切られたばかりの駅のホームから、アートアクアリウム展が行われているビルの階へ足を向ける。
予想以上に混み合っている会場内で列をなして観賞して次第にその列がなくなって、てんでばらばらに見て回った。
幻想的にライトアップされた金魚がゆらりゆらりと巨大な水槽の中を泳いでいるのを眺めているとただ単純に美しいと思い、その儚いアートに魅了された。
綺麗だなと思ったものをカメラに撮って一周回ったところで満足した。その玲也にくっついてはたまに離れて自分の興味のあるところに行っていた藤巻も近くまで戻って来たのでもういいのかと問うと満足しましたと返って来たので会場を出ることにした。
べったりと一緒にいない距離感がとても適切で丁度良い。
そして、いつまで眺めていても飽きることはないだろうが、幻想的な世界の虜になっていてもいつか区切りをつけなければならないとわかっている。
会場を出ると昼に近付いていたので、和モダンテイストの食事処へと入った。
タイミングが良かったのか座席はそこまで埋まっておらず、広い四人掛けのテーブルにつく。そしてそれぞれメニュー表を眺める。
「決めた?」
「この期間限定の定食セットにします」
「良いな、じゃあ俺もそれにしよう」
端的な短い会話で決めたメニューを店員に伝えて、しばらくお互いのスマートフォンに向き合う。
最初に運ばれたおしぼりと抹茶に手をつけた。そして、少しずつ周りの座席が埋まり始めたところで料理が運ばれてきた。
少量ずつ小鉢に盛られた湯葉の押し寿司やだし巻き卵、筑前煮、マカロニサラダ、エビフライ、水羊羹が上品に皿に乗って、ワンプレートになっていた。
その品の良さにさすがに写真を撮る。目の前の藤巻も同じように写真を撮っていた。考えることは同じだなと思うと何だか安心した。
見た目を裏切らない美味しい食事を彼と摂る。いつも会社で食べる時と変わらないが、外で誰かと一緒に食べるのは家族以外では本当に久しい。
「当たり前のことだって笑うかもしれないけど、こういう風に一緒に食べてくれるのが嬉しい」
「笑いませんよ。それに、玲也さんが望めば一緒に食べてくれる人はたくさんいると思いますよ」
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