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第21話
「いや、俺が拒んできたんだ」
「……」
「何のためにって思った?」
「はい」
抹茶を一口飲んで喉を潤してからコップを置く。
「人が怖いんだ。Ωだから薬で管理はしていてもにおいで人を惹き付けるし、一番は学校で周りに知られた途端に友達だった奴らが皆去って行ったから。大学で仲の良い奴は出来たけど、番にまではなっていない。所詮都合の良い相手と思われていたみたいで、卒業したらそれで関係は切れておしまい。だから、俺の心は高校に入った所で止まってるんだ」
「そんなにしっかりしているのに。それに関係を切るほうも勿体ないことをしていますよ。玲也さんはaに匹敵する能力があるのに」
「仮面にすぎないよ」
一口大に切り分けた水羊羹を口に運びながら告げる。
「それでも俺を拒否しなかった」
「圭くんのにおいに惹かれたから」
「玲也さん……」
「ごちそうさま」
話は終わりとばかりに食べ終えた箸を箸袋の中に入れて端を折り曲げた。彼も同じペースで食べていたので、先に会計票を手に取りレジへと向かった。先輩としてさっさと会計を済ませる。食事代くらい大したことない。
店の外に出ると藤巻が追いかけて来た。
「次どこに行こうか。すぐに甘いものは勘弁してくれよな」
「そうですね、じゃあ海を見下ろせるタワーにでも行きませんか?」
「あー、行ったことないなぁ」
「そうなんですか。見晴らしが良いので一人でたまに行くんですよ」
「へぇ」
海ということはバスで行くしかない。今から行けば夕刻前くらいには着くだろう。休日の昼間はどこに行っても人が多いが、海には惹かれる。軽い承諾を返して藤巻に案内してもらうことにした。
夜にはイルミネーションが灯るというそのタワーの展望台は、家族連れやカップルで溢れていた。360度地上を見下ろせる大パノラマは確かに絶景だ。
思わず凄いな、と感嘆の声をあげる。誰もかれもぐるりと一周見てからすぐに降りていたが、海に斜陽が沈んでいき始め海と空がオレンジ色に染まる景色を見逃すことは勿体ない気がしてしばらく留まることにした。
不意に手が触れた。
触れられて、握られる。
「駄目」
拒否の声をあげる。
「人少ないし、大丈夫ですよ」
外で接触してくるとは思わなかっただけに鼓動が早まる。確かにこちらを向いている人はいないし近くに来る気配もない。
強い断定的な言葉で紡がれてしまえば断ることが出来なかった。絡められた指がこそばゆい。
ああ、そうか。
恋人とはこういうことだ。
自分を介在させない恋愛ごっこはとても楽で、だってそもそも玲也が彼のことを本気で愛していないのだから当然だ。受けるべきダメージも、愛する義務もここでは全く発生しない。代わりにわずかの身体的疲労と負うべきリスクが、薄暗い情欲のもたらす倦怠感と共に玲也を待ち受けているだけである。
――それはいかにも皮肉な話だった。モテるタイプであるという自覚はなかったが、もてないわけでもないということに、一途なレンアイを手放してから気が付くことになるとは。
まだ仮の関係性だが、きっと彼はこれまでもこんな風に甘い思いをさせてきたのだろう。
温めたミルクにチョコレートシロップまで加わった甘ったるいカフェモカみたいだ。
このままゆったりと身をゆだねたら幸せになれるのかもしれない。
人並みの幸せを得られるかもしれない。
そう思わせるには十分だった。
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