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第22話

 日没と同時に一度強く握り返してからさり気なく手を離して共に地上へと降りた。    下調べをしていたらしいスフレの店は喫茶も兼ねているようで、具だくさんのパスタの夕食とコーヒーもそこで注文した。 そして目当てのスフレというのはパンケーキで、一枚が2、3cmはあるだろう分厚さのものだった。それに生クリームが添えられ、メープルシロップをかけたものは中々にカロリーがありそうなものだ。  若い女子などが好きそうだなという感想を抱きながら写真を撮る。 「凄いな」 「久しぶりに来ましたけど、やっぱり凄いですね」  それぞれに感想を述べてナイフで切り分けて口に運ぶ。ふわっとした食感が広がって甘味が口いっぱいに広がった。それがブレンドコーヒーとマッチして独特の風味を醸し出していた。  美味いものを食べると幸せを感じるのは人間の本能だろう。美しい景観と食事で満ち足りた一日が終わりを告げようとしていた。       コーヒーを飲みほしてしまえば、今日の逢瀬にお別れの言葉を乗せる。  それが何だか寂しくもあり、別れがたい気持ちにさせるのはなぜだろうか。 「圭くん、今日は楽しい時間をありがとう」 「こちらこそありがとうございます。玲也さんと一緒に過ごせて楽しかったです」  定型の常套句。  ありきたりな言葉など貰ってもあまり嬉しくないと感じるのは、彼に特別な感情を抱き始めているからなのだろうか。  もっと欲しいとねだってみたい願望と落ち着けと宥める冷静な心が反発し合ってとりとめがない。  それでもきちんと別れを告げて明日を迎えるのだ。それが正しい決まりだとでもいうように。    ♦♦♦  平日の電車内で顔を合わせた藤巻は何事もなかったかのように普通におはようございますと言ってきたので、社会人の顔をしておはようと返した。   ごっこ遊びの範疇が良くわからない。  わからないことをわからないままにしておくのが酷くもどかしい。  今日も今日とて混雑した電車内は彼と顔を合わせられただけで奇跡的と言っても過言ではない。少しだけ背の高い彼が壁を背にして立つ玲也を守るように立ってくれていた。  ほんの少し背伸びをすれば口付けることが出来る背丈の差。おそらく触れてみればさらりとした手触りがするのだろう。ふとその顔に触れてみたいと思った。  少しだけ背伸びをして頬に唇を押し当ててみる。案の定、弾力のある艶やかな皮膚だった。もう一度と触れたのは彼の唇で、確かに彼の陰になって周囲からは見えないがたくさんの人間がいる中での口付けは酷く恥ずかしい。  俯いた玲也の顎を掴んだ藤巻がひっそりと笑みを向けてきた。 「誘ってきたのに逃げないでください」 「……ッ」  言われた言葉にかあっと頬が熱くなって何も言えないでいると、手を引かれた。気が付けばもう降りる駅だった。  改札口を抜けて真っ直ぐ会社へと向かっていくが、腕を掴まれたままなので無理矢理振りほどく。 「誘ったわけじゃない」 「キスの意味は?」 「何となく触れたくなったから」 「あんまり可愛いことを言われるとその気になっちゃいますよ」 「今から仕事だろ」 「わかってます」  からかわれているのか本気なのかわからない笑みで返されてしまえば困るのはこちらだ。 ほてった顔を少しでも冷まそうと掌を押し当ててみる。熱い頬は中々引いてくれそうになかった。  aの性質に惹かれている。  今まで自分からこんなに触れたいと思ったことは一度もない。どうしようもなく彼のことが好きになっていた。理性は今朝飲んできた薬で抑えられているが、きっとヒートが来たらはしたなく彼を誘ってしまうことだろう。

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