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第23話

 そんな姿は見せたくない。  だが、その反面自分の全てを見て欲しいという相反する感情が渦巻いていた。  彼と過ごした休日は実に楽しいものだったが、外の顔を作ってわきまえなければならない。そんなことわかっている。わかっているが、抑えきれない衝動に駆られてしまったのだ。  一時の感情に流されてはいけない。  頭ではわかっていても感情をコントロールするのは難しい。 「におい、出てますよ」 「そんなにわかりやすい?」 「ええ」  社内のロッカールームで密やかに言われた指摘に聞き返す。自分で自分のにおいはわからないので、大変不便だ。  一錠だけ薬を飲んで、仕事場のフロアへ上がった。    幸いにして他の社員からにおいについて言及されることはなく、一日の業務を終えようとしていた。静かに息を吐いて残りの書類を片付けていく。藤巻はもう一人でも業務を行えるまでになっていた。これならば指導係も そろそろ必要ないだろう。  さて帰ろうと他の社員も帰宅し始めた頃席を立つと、藤巻と佐上が話しながら出入り口の方へ向かっていた。少しだけ耳を傾けてみると、どうやら佐上が歓迎会を兼ねて一緒に飲みに行かないかという誘いをしているらしい。そして、藤巻はその誘いを断っていた。彼が行くのならば女性社員などは喜んで参加するだろうなと思っていたので内心ホッとした。  誰かに取られると思った途端胸が痛んだのは気のせいだろうか。 「あ、時津さん。藤巻さんの歓迎会をしたいんですけど、良かったら参加しませんか?」 「本人が断っているのに参加しても仕方ないだろ」 「ですよね」  諦めた様子の佐上はそのまま更衣室のロッカールームへと向かって行った。その後ろをゆっくりと藤巻と歩く。彼の歩くスピードは玲也にとって適度に適切なものだった。 「何で佐上の誘い断ったの?」 「時津さん、飲み会とか行かないでしょう」 「行かないな」 「それだと俺が行く意味がないんで」 「何だそれ」  苦笑する。 「本当ですよ」  真面目な声音で話す彼の言葉はいつだって真実味を帯びているので、納得せずにはいられない。  賢しらな言葉を並べてみるのは止めて、ただ問いかけただけの文句に簡潔に帰って来た言葉はやはり玲也を中心に考えられていた。  飲み会など、大勢の中で食事をすることは何だか自分の場所だけ空間が切り取られたみたいで苦手だ。  そこまで考えてくれたのだろうか。  それはわからないが、ちやほやされるであろう彼がその場にいないだけでも僥倖だった。  自分だけのものでいて欲しい。  そんな欲求が胸の内でわだかまっている。    また一か月が経ち、ヒートの時期が近付いて来た。自分でもわかるほど内側からふつふつとした欲が湧き出してきているのがわかっているので、ああ、今回は酷いのだろうなとぼんやりと思いながら休暇の申し出を提出した。  毎月訪れるこの症状を理解してくれる会社は滅多にない。学生時代にアルバイトをしていてシフトの休みを申し出たら理由を聞かれ、Ωだからと言った途端、首を切られてしまった苦い記憶もある。  希少価値のある人種ではあるが、差別的扱いを受けるので生きにくいことこの上ない。  また椎奈に頼むのも良いが、今回は仮であろうと付き合っている相手がいる。椎奈は自分のものだと誇示するように鬱血痕を付けてくるので、迂闊に頼むことは出来ない。  自分から噛み付いて欲しいと言ったのは全く覚えていないが、椎奈から注意事項として言われたので誰彼構わず噛んで欲しいと言ってしまいそうで怖かった。  一度うなじを噛まれてしまえば一生その関係を覆すことは出来ない。  椎奈は仕事として来ているのだから噛むことはないだろう。だが、外で求めてしまえば噛み付かれる可能性は非常に高かった。

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