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第29話

 勿論性交をするだけならば容姿さえ良ければ誰でも良いと思っていた。だが、番になった今、彼がいなければ生きていけない気がしてならない。  一人で生きてきたし、一人で過ごすことに何の違和感もなかったが、これからは彼なしでの人生などあり得ないだろう。 「圭くん、抱いて」 「タオルじゃ物足りないでしょう。俺のにおい、しっかり嗅いで覚えていてください」  ベッドに乗り上がって抱きしめてくれる彼の背に腕を回して首筋に鼻先を押し付けてにおいを嗅ぐ。  幸せだ。  批判も暴言も差別もないこのまろやかな空間を一言で言い表すならば幸せの一言に尽きる。  この人生がずっと続けば順風満帆でいられるだろうが、普通に愛されることがどれだけ難しいかわかっているぶん、いつ何が起こってもおかしくない。そんな気持ちが心の隅でひっそりと芽吹いていた。

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