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第31話

 姫宮は確かに頭のキレが抜群に良いようで、藤巻が説明したことをその通りにこなしてみせているようだ。顔だけではなく要領も良ければ放っておく人間はまずいないはずだ。  だが、現段階で番の相手がいないのは問題だった。薬はきちんと処方しているのだろうか。 「良かったら昼食一緒に食べる?」  仕事の合間を縫って声をかけてみた。 「良いんですか?」 「良いよ」 「時津さん、俺は?」  藤巻が問う。 「今日は彼女と食べて良い?」 「わかりました」  彼には悪いが彼女と話したいことがあった。フロアで唯一のΩ同士だ。仲良くもしたい。  仕事のことは藤巻に任せて午前中は冷や冷やとした気持ちを抱きながら業務にあたった。  何だか安心出来ない気持ちで溶けるように午前が過ぎ去った。  昼食時になると二人の姿はなく、一人持参した弁当を持ち食堂へと向かうと、二人がいた。藤巻は佐上たちのグループと合流し、姫宮は一人でテーブル席に座ろうとしているところだった。 「お待たせ」 「時津さん!」 「ごめんね、仕事が長引いちゃった」 「構いません」  姫宮も弁当を持って来ていた。向かい合って座り、食事を摂る。 「時津さんって殆(ほとん)どにおいがしませんがもしかしてお相手がいるんですか?」 「――いるよ」 「羨ましいな。私も大学時代まではいたんですが、この会社に入ることになってから別れちゃったんですよ」 「そうなんだ。俺もそんなことがあったからわかるよ」 「でも、ここで働けるだけで楽しいので満足しています。部署が変わって同じフロアになりましたが、仲良くしてください」 「こちらこそ」  女性らしいふんわりとした喋り方をするなと思った。自分のにおいは自分でわからないが、他人のにおいは明確にわかる。  彼女からは今朝方少し会話をした時よりも強くフェロモンが発せられていた。 「ところで、姫宮さんはΩらしいね」  小声で言う。 「……はい」 「俺もそうだから言うけど、ちゃんと薬飲んでる?」 「いいえ。私もそろそろ二十代真ん中に近付いているので相手が欲しくて薬は飲まないようにしているんです」 「……」  どうやら仕事よりも相手を探しに来ているようだ。  自分の恋人の名を告げて手を出すなと言うのは簡単だった。だが、それが逆に火を点ける結果となってしまったら大変だ。  ここは黙って見守るほうが良いかもしれない。そう思って姫宮との食事を終えた。    数日は何事もなく過ぎ去り、業務の合間に彼らの様子を見守ることにした。彼女と一度食事をした初日以外は藤巻との食事に戻ったが、そこに姫宮も加わることが増えた。上役から仲良くしてやってくれと言われ、更に藤巻が指導しているため、断る理由はない。だが、二人きりの時間が崩されるのは面白くなかった。それでも大人として体裁良く過ごす。  仕事が終われば陰で藤巻に抱き付き、それに応えて藤巻が口付けをしてくれるが、そこに彼女の甘いにおいが鼻について若干顔をしかめる。 「玲也さん?」 「……なんでもない」 「もしかして姫宮さんのにおいがついていますか? 何もないので、気にしないでください」 「何かあったら困る」

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