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第39話

 6    軽率だねと思い、動じることにも疲れた。  都合の良い言葉だけ知っている。  響き鳴らす終止符のカデンツは君に届くだろうか。  大きな音がしたと思ったら姫宮がデスクから出入り口へ向かって走っているのを目撃した。  藤巻は追いかけるのかと思い隣を見るが、どうやら今は動かないようで安堵した。今一人にされたらそれこそ裏切られた気分になってしまう。  取り敢えずの収拾がつき、藤巻に行って来いと視線を送った。  軽く会釈をされて、玲也は一つ深呼吸をする。  彼女の行動も彼が取るであろう行動もわかりきっている。だが、それを止めてしまってはいけないということも知っている。 「しんどいなぁ」  一人、小さく呟く。  何がって、きっと今頃は藤巻は彼女を慰めているはずだ。きっと一方通行のその恋慕に同情こそすれ、人の相手に勝手に恋心を抱いたのはそっちの言い分なのだ。  それなのに彼は行ってしまった。もちろん行くように促したのは自分だが、そもそも偽善者ぶっているわけではない。  仕事に支障が出たら困るという有り体(ありてい)な理由からだった。  デスクに座り仕事に取り掛かる。  彼らが戻って来る気配はない。  心配するだけ損だ。  わかっている。  心で繋がっているのならそれで問題はない。    藤巻は困っていた。  扉を開けて彼女の姿を探すと休憩所のすぐ傍に立ち竦んで泣いていたのだ。涙する程のことかと思うが、そこまで自分に想いを寄せてくれていたことは素直に嬉しい。だが、甘い顔をしてはいけない。 「姫宮さん」  静かに名前を呼ぶ。 「藤巻さん、相手がいるなら早く言ってくださいよ。わ、私一人で本気になって……莫迦みたい」  泣きながらも漏れ出すフェロモンにくらりと酩酊しそうになる。 「言うタイミングがなかったんだ」  努めて冷静に言う。 「仕事もするし、お二人の邪魔もしないので、最後に私の願いを聞いて貰えますか?」 「何?」 「一度で良いんです。キスしてください」 「……っ」 「お願いします」  周りをぐるりと見渡す。  誰もいないしん、とした廊下と、休憩所のぽっかりと開けた空間だけが切り取られたように静寂を保っていた。  一度すれば彼女が身を引いてくれるというのならそれに越したことはない。玲也にも危害を加えられる心配もせずに済む。   一度だけという葛藤はある。  その一度に何の意味があるのだろうか。  未練が残るだけだ。  それならば最初からしない方が彼女のためでもある。 「出来ない」 「そんなに時津さんが大事なんですね」 「そうだね。……ごめん」 「いいえ。私の我が儘でした。すみません」  何が良い悪いではない。

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