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第40話

 そういう問題ではないが、後ろめたいことはしたくなかった。  彼を裏切りたくない。  その思いだけが強く思考を支配していた。  では、と言い残して先にフロアの方へ去って行く彼女は切り替えも早いようだ。  いや、強い振りをしているだけに違いない。  休憩所のまだ真新しい白いソファに深く腰掛けて大きく息を吸い込んで静かに吐き出す。  大事なものだけ守れたのならそれで良い。  言うは易く行うは難しいとは良く言ったものだと思う。  自分の判断に間違いはなかったと思いゆっくりと立ち上がる。  フロアに戻ると彼女も玲也もそれぞれ離れた場所で仕事に従事していた。   その中で玲也の方へ視線を向けると、視線が絡み合った。こてんと小首を傾げられる。どうだったのか問いたそうだったので、軽く頷いてやる。  それで通じたのか、頷き返されて自分のデスクの方へ向かって行く彼の後ろ姿を見ながら自分のデスクに座る。そして彼女がさばききれないぶんの書類を手伝い始めた。  今日も定時で終わる。  週末ということもあり、浮ついた空気の中玲也と共に会社を後にした。何も言わずとも同じ所へと帰るのだろう。 「今日は玲也さんの家に行きたいな」 「家? しばらく帰っていないから食材買わないと。それとも外で食べる?」 「何か買って帰って作りましょう」 「了解」  電車から降りて少し歩いた所にある量販店のスーパーマーケットに行く。カゴを入れたカートを押しながら適当に材料を入れていく。もう互いの食の好みくらいわかっている。  今日は肉メインにしたいのか、焼くだけでいいカルビが入れられるので野菜とカットフルーツなどを入れる。そこにエノキやエリンギなども加えられた。明日の朝食も考えて数種類のパンや卵、ハムなども入れて、もういいだろうと会計をする。前回は食事代を出して貰ったので今回は自分が払う。  そんな暗黙の了解の元、一緒に持った荷物を抱えて玲也の住むマンションへと向かう。    前回来た時とさほど期間は開いていないので、自分の部屋着も丁度良い物がそろっている。  それぞれ着替えてから食事の準備に取りかかった。準備と言っても焼くだけの簡単なものなので、玲也が食器を出している間にさっさと両面焼きながら野菜を洗って食べやすい大きさに切って盛り付ければそれで完成だった。  冷蔵庫には帰宅してすぐに冷やされたビールのグラス。それを取り出して飲みやすい発泡酒をお互い注ぎ合う。半分程まで勢い良く注がれ、八割まで傾けられ、そして泡を乗せるようにグラスに並々と注がれた黄金色と白色の綺麗な比率。  会社への報告に乾杯、と小さく呟いてそっとグラスを合わせる仕草をする。そして一気に半分程まで飲み干す。スッとする爽快感がたまらなく美味い。毎日飲む程酒が好きな方ではなく、たまに飲むから余計に美味く感じる。  その食の趣味も同じで、サラダに和風しょうゆのドレッシングをかけて咀嚼している玲也と同じように自分もドレッシングをかける。 「今日、何事もなくすぎて良かった」  玲也が空になったサラダボウルを脇に寄せて言う。 「……そうですね」  歯切れ悪く答える。確かに何かはあった。だが、会話だけのやり取りだ。 「そっちは何かあっただろ?」 「ありましたが、何とか問題も解決したので、美味しく食事が喉を通りますよ」 「そっか」   そう。解決していないなら、後ろめたいことがあるなら彼の前で平然としていられる程鉄の心臓は持っていない。ただの生身の人間なのだから。  綺麗に焼けた肉に箸を伸ばす。味は付いているので、そのまま食べて十分に美味い。タレの染み込んだ味が腔内で広がって満たされていく。  食事の後に二人で片付けをして白いソファでくつろぐのが習慣と化していた。久しぶりの彼の自宅はボタニカル柄で溢れていて、あまり水を与えなくてもいい植物も置かれていて自然の中にいるようで気分が良い。  そんなことを考えていると馴染んだ肌の感触がしなだれかかってきた。これは機嫌が良い証左だ。 「玲也さん」

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