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第19話 報告・連絡・相談(1) なんらかの感情
左右に広がるトラエスト宮殿の右翼側に、第四騎士団長の執務室はあった。
アレスは今その部屋で、キュディアスの座るデスクの前に立ち、経緯を説明していた。背筋をぴんと伸ばし、上官向けのしゃべりで。
ヒルデはアレスの隣で腕組みをしたまま黙っている。
「……以上のような経緯にて、王国の内部侵入は失敗いたしました。かような失態、まことに面目ございません!」
アレスが深々と頭を下げた。
聞き終わってキュディアスは背もたれに体重をかけた。
「ふうん、ま、いいんじゃねえの。よく天使ひとり連れてきたよ。しかもそうか、天使相手に互角に戦えたか」
「はっ、宮廷魔術師長殿の指示通りの方法にて戦闘可能でした!」
「さすがヒルデよ、天才の名声に恥じんな」
ヒルデは腕組みをしたまま答えた。
「私は理論を解明しただけだ。理論だけで戦えるというわけではない。アレスはもともと異常に魔力および霊力が高い。アレス以外に天使と戦える人間はいないだろう」
キュディアスはにやりと笑みを浮かべた。
「死の霧でも死なねえ、天使と同等の戦闘力を持つ。出来過ぎでアレスは天使のスパイなんじゃないかって疑いたくなるレベルだな」
まさかのスパイ疑惑にアレスは焦った。
「ちょっ、滅多なことはおっしゃらないで下さい!」
「だが天使に惚れるってのは、あんまりよろしくねえんじゃねえか?モテるくせにどの女にもなびかないと思ったら、お前、男好きだったのか」
「はあ!?なんのお話ですか!?」
アレスの声が裏返る。
「いや実は、お前がいま話したこと全部、ヒルデに事前報告を受けてるんでね。『美少年天使になんらかの感情を抱きつつあるので注意されたし』ってな助言付きでな」
アレスは目を怒らせてびしっとヒルデを指差した。
「おっ前、いつの間に!?」
「飛空敷を運転しながら、遠隔筆記術で伝えた。報告・連絡・相談は迅速第一だ」
飄々と答えるヒルデ。
「おま……それ完全に魔術安全法違反じゃねえか!三人乗りでも危険なのに!」
「乗ってきた貴様が言うな」
遠方にある筆を自在に動かし手紙をしたためる、遠隔筆記術。これもまた飛空敷の運転と同じく、使い手の少ない高等魔術「魔能」の一つである。
ヒルデはつまり高等魔術の同時行使をしていたわけで、これは事故を起こしうる危険行為として法律で禁じられている。
「つーか『なんらかの感情』ってなんだよ、ふざけやがって!」
アレスが顔を上気させながら抗議する。
「客観的な観察報告だ」
「もういい!誤解ですキュディアス騎士団長!俺……じゃなかった、わ、私はただ、あの天使の利用価値が損なわれるような処置が下されることを懸念しているだけです!」
ヒルデが鼻で笑う。
「尋問して情報を引き出す、検体となり天使の生態情報を提供する。あの少年にそれ以上の利用価値がありましょうか、騎士団長?」
キュディアスは顎髭をなでつけながら、アレスを見やった。
「アレス、そういう処置に反対するからには考えがあるんだろうな?お前の考える利用価値とはなんだ」
アレスは真剣にその目を見返した。
「我々の戦力にするんです」
キュディアスは一瞬、目を丸くした後、額を叩いて笑った。
「ははっ、仲間にするってか、天使を!」
「バカなことを!」
ヒルデが呆れた声を上げる。
アレスはいたって真面目に言葉を続けた。
「レリエルは今は天使に追われる側です。きっと我々に協力するはずです」
「さしあたっては協力するかもしれん。だが、裏切るだろう。所詮は違う種族だ」
とキュディアス。
「さしあたっての協力だけでも十分です」
アレスの即答に騎士団長はさらに畳み掛ける。
「裏切られたらどうする?その天使が人間を襲ったら?」
「絶対にそんなことさせません!でも万一、そのようなことがあれば、私の手で……」
言い淀むアレスをキュディアスが睨めあげる。
「手で、なんだ?」
「……殺します。私のことも、責任者として処刑して下さい」
ふっ、とキュディアスの頬に笑みがこぼれる。キュディアスはアレスを面白そうに見ながら、デスクに肘をつき頭を乗せた。
やがて、よし、と発する。
「まあいい、しばらくその天使はお前に預けよう」
ヒルデはデスクにどんと両手をついた。
「キュディアス殿!」
「一人しかいない兵隊が二人になるのは悪くない。それに考えてもみろ、この甘ちゃんなアレスだから、天使を連れて来れたんだ。その甘さが吉と出るか凶と出るか、賭けてみようじゃねえか」
「ありがとうございます!」
アレスは笑顔で深々と頭を垂れた。ヒルデは大きくため息をついた。
「はあ、あれ程の研究材料を目の前にして手出し出来ないなんて……。まあ、騎士団の決定には従いましょう」
「目下の問題はその化け物、死霊傀儡だ。人間を殺すだけじゃ飽き足らず、化け物に作り変えて利用するとは、クソ外道連中よ」
「帝都に呼び込む結果になり申し訳ありません」
アレスは心苦しそうに言った。
「そいつは仕方ない。敵中に乗り込んだんだ、リスクはあるわな。だが絶対に民 に被害者を出すなよ」
「分かっております!」
「ヒルデも協力してくれるな。魔術師として対策を考えてくれ」
「ずっと考え中ですよ。ですから正直、寸分も惜しい。ここで失礼させていただきますぞ」
「ああ、足労だった」
「やれやれ」
宮廷魔術師長は形ばかりの会釈をすると、第四騎士団の部屋を後にした。
キュディアスはその背中を見送り、
「わけえのに頼もしい野郎だ……」
とひとりごちる。
「で、その天使はどこにいるんだ?」
キュディアスはもっともな問いを発した。
「応接の間 が空いてたので控えさせております」
「おいおい、大丈夫か?」
「彼は攻撃性は低いです。それに部屋から出ないように言っておりま……」
アレスが言い終わらないうちに、壁の向こうから声が響いてきた。
「嫌だ、あっちに行け!アレスはどこだ!」
「待ってくださいよお!」
扉が乱暴に開け放たれた。
バタバタと騒々しい足音を響かせて、レリエルと一人のメイドが入ってきた。
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