「くさ過ぎて倒れそうだ。頭がくらくらする」 　アレスに連行されるような形で珍獣園の中を歩きながら、レリエルが青ざめて言う。 「そのうち慣れるって」 「こんなの、慣れるわけっ……」 　言いかけたレリエルの表情が固まった。 　レリエルの視線の方向、囲いの中に、数頭のシマウマがいた。 　愛らしい黒い瞳がこちらを見つめる。 　レリエルが悲鳴をあげた。 「うああっ……！な、なんだこれ、死霊傀儡か！？なぜこんなに沢山！？」 「な、何言ってんだレリエル？」 「この奇妙な姿はなんだ！傀儡工房の失敗作か！？」 「言ってる意味がわからないぞ。これはシマウマだ、南方の馬だ。俺も子供の時に移動サーカスで見たときはびっくりしたよ、絶対にペンキで模様を描いてるんだと思って水をぶっかけてたわしでこすろうとして大人たちに怒られて……」 「う、ウマ？……ってなんだ？」 「何って……。おっと、説明は後だ。後ろの木の上見てみな」 「え？木の上？」 　アレスの視線につられて、レリエルは頭上を見上げた。 　レリエルの真上、後ろの木の樹上から、本物の死霊傀儡がにゅっと頭を伸ばして、こちらを覗き込んでいた。 「うわっ」 「レリえるとアレす！コロスウウウウウウウ」 　死霊傀儡が樹上からレリエルに飛び掛ってきた。 　間一髪、アレスがその首元に剣を突き刺した。 「ギャッ！！」 　剣を引き抜くと、死霊傀儡は苦しげに叫び、地面に転がる。 　だがすぐに身を起こし、怒り狂ってアレスに突っ込んできた。牙をむき出しに大口を開けて。 　アレスはひらりと左に身を回してかわした。目の前には突っ込んできた化け物の横っ面、その首筋に剣を振り下ろす。 　剣は大きな弧を描き、その醜い頭をすぱりと切断。黒い頭が吹っ飛んだ。 　頭を失った身体はたたらを踏み、土埃をあげながらどうと地面に倒れた。 　レリエルは高鳴る心臓を押さえ、腕を突き出した。 「よ、よくも驚かせてくれたな！消えろ！」 　怒りの魂(セフィロト)攻撃をお見舞いする。頭と胴に分かれた死霊傀儡は、灰となって消失した。 　アレスがよし、と声を上げる。 「これで二体目を仕留めたな。あと一体だ！しかしお前が馬を知らないとはなあ」 「ウマなんて聞いたことがない。動いてるし生きているみたいだが、一体なんなんだ？」 「ま、まさかレリエル、獣自体を見るのが始めてなのか？」 「ケモノ！？」 「そう、獣。シマウマはただの獣だ。魔力を持つ獣は魔獣っていう。そっちの白い角の生えたやつは魔獣だ」 「ケモノ、ケモノ……」 　眉間にしわを寄せていたレリエルが、ハッと何かを思い出した顔をする。 「思い出した、そういえば天界の学校で習ったぞ！」 「天界？の、学校？」 「低次生命体の人間よりさらに下等な生物が存在すると教わった。それのことか！さすが下界だなここは。獣なんて天界ではとっくに滅びていたのに」 「下等な生物って！そんな言うなよ、かわいいもんだぞ。ほらこっち来て触ってみろよ、ふわっふわだぞ？」 　言いながらアレスは、別の囲いの中にいる、白いユニコーンの頭をわしゃわしゃと撫でた。 　レリエルは思い切り首を横に振る。 「遠慮しておく！」 「っつーか、カブリア王国にもいただろ、獣」 　レリエルはそこで何故か、きまりの悪そうな顔をした。 「僕はちょっと、目覚めるのが遅かったから……。起きたときはもう霧の結界が張られ神域が形成されてて、人も獣もいなかった」 　えっ、とアレスは振り向く。 「どう言う意味だ？」 「他の天使は人間界到着と同時に仮死睡眠から目覚めたけど、僕は出来損ないだから、目覚めのリズムが誤作動したんだ。つまり、寝てた」 「ちょっと待て！あの六日間、お前は寝てたのか！？天使の襲来から、死の霧の発生までの『地獄の六日間』！」 「そうだ。到着から十日も寝てたって言われた」 　レリエルは恥ずかしそうにする。 「寝てたって、一体どこで？」 「宮殿に決まってるじゃないか。宮殿に乗ってきたんだから。いっぱい怒られた、何もしてない役立たずの怠け者って。僕のせいじゃないのに、体が悪いんだ」 　アレスはゴクリと唾を飲み込んだ。 「じゃあ、もしかして、つまり……。お前は殺してないんだな、人間を！一人も！」 「まあ、そうだけど」 　アレスは心の底から湧き上がってくる、たとえようのない歓喜をグッと噛み締めた。 　レリエルが人間を何人殺したのか、誰を殺したのか、正直気になっていた。 　聞くつもりはなかったが、わだかまっていた。 　それがまさか、ただの偶然とはいえ一人も殺していなかったなんて。 　思わずこんな言葉が漏れる。 「良かった……」 「……」 　 　レリエルはどう反応すればいいのか分からない、と言った顔で頬に垂れかかる後れ毛をいじる。 「さあもう一体の死霊傀儡、倒すぞ！」 　妙に気合の入った声でアレスが号令をかけた。 「あ、ああ」 　アレスは園内をぐるりと見回し、一点に注目した。 「あっちのほう、空気が淀んでるな。心霊スポットによくある雰囲気だ。悪霊が出してる悪気だ」 「心霊スポット？は、なんだか分からないが、そうだな。確かにあの辺り、死霊傀儡の気配がする」 「よし行くぜ！」 　二人は死霊傀儡がいそうな怪しい雰囲気の方を目指し園内を進んだ。 ※※※