52 / 140
第52話 キリア大聖堂(5) 策
「ヒルデ、何か策はないか!?」
アレスの問いに、ヒルデは顔をしかめる。
「氷結という発想は良いと思う。何かより強力な活動停止魔法を加えれば……」
そう言ってヒルデは瓦礫と化した神殿を見回し、拳を握りしめた。その瞳に、らしくない激情が|滲《にじ》んでいた。
「しかしこいつは、なんて罰当たりなことを!神儀の最中に現れて神殿を破壊するなんて……!」
その悔しげな様子を見て、アレスの脳裏に閃くものがあった。
「それだヒルデ!ここだ、この場所だ!そして今日、この日、この状況!」
「なに……」
怪訝な顔をしたヒルデは、はたと気が付いた様子で、目を見開いた。
「そうか……!分かった、いいだろう、やろう。……だがおそらく、たった一度、しかもあの粒子を止めるとなると、一瞬しか成功しない」
「構わない、一瞬で仕留める」
二人が何やらうなずき合った、その時。
「危ない!」
レリエルが叫ぶと同時に、アレスの体が掬うように持ち上げられ、宙に舞い上がる。
直後、先ほどまで立っていた場所で爆弾を落とされたような轟音がして破片が舞い散る。
見下ろせば、氷像と化したはずの巨大な死霊傀儡が早くも復活し、拳を振り下ろしていた。
アレスはレリエルに腕で腰を支えられ、飛んでいる。同じくヒルデも。
レリエルが片腕にアレスを、片腕にヒルデを抱えて飛んで助けてくれたのだ。
大きな男二人が、小柄なレリエルに抱っこされて宙を飛んでいる。
「ありがとなレリエル!力持ち!」
「て、天使に助けられた……っ」
レリエルに片腕で抱っこされるヒルデが衝撃を受けた様子で頬を引きつらせる。
レリエルは地上を見下ろしながら緊迫の表情で叫んだ。
「まずい、あいつを一人にしてしまった!」
三人に上空に逃げられた死霊傀儡は苛立ちまぎれに、ミークに向かっていった。
大きな拳を、ミークに向かって振り上げる。
三人が息を飲んだ瞬間、しかし。
「聖なる鉄槌 !」
ミークの声が轟いた。
空間に巨大な光るハンマーが出現し、振り上げられた死霊傀儡の拳を、殴る。
「フグおッッ」
死霊傀儡が痛がって手を振り払った。
ハンマーはしつこくその手を殴り続ける。
大した威力はなさそうな魔法なのだが、死霊傀儡はこのハンマーがイラつくらしく、躍起になって振り払おうと奮闘していた。
三人が一斉にため息をつく。レリエルは急下降して、男二人を地上におろした。
アレスが手に冷気を貯める。
「やりますね!魔術師の……、えっと……。今、援護します、下がって!」
言いながらアレスは両手をかざし、二度目の極大氷結魔法を放って死霊傀儡を凍結させた。そしてついでとばかりに剣を振るい、凍った死霊傀儡をばらばらに切断した。
「あ、み、ミークです……」
ヒルデがふんと鼻を鳴らし、小声でつぶやいた。
「やっと仕事したか。クビにしようと思っていたところだったが」
ミークはヒルデの側まで駆け寄って来た。
「き、聞こえてますヒルデ様!面目次第もございません!しかしもう凍結解除されるとは、やはり精霊魔法は死霊系モンスターと相性が悪いんですね、学校で習った通りです!レリエルさんの飛行術感動しました!あんな魔法があるなんて知りませんでした、身一つでは風魔法を使っても跳躍しかできないと習ったのですが!」
「今の飛行術は他言無用だ、誰かに言ったらお前の舌を使い魔の餌にする」
ミークは慌てて自分の口を手で塞ぐ。
「いっ!?言いません、はい、絶対言いません!」
ヒルデはアレスに向かって叫ぶ。
「アレスとレリエルは離れた所で、何もしないで待機しろ!俺がこいつの『仕掛け』を止める、その一瞬を逃すな!」
「分かった!行こうレリエル!」
「ああ!」
「あとレリエル」
とヒルデが付け加えるように言う。なんだ?とレリエルはヒルデの顔を見る。ヒルデはボソリと言った。
「……さっきは助かった、恩に着る」
「あ、うん……」
レリエルは戸惑いがちに返事する。アレスがぶっと吹き出し、ヒルデに睨みつけられる。
「ほらさっさと行け!」
「おう、任せたぞヒルデ!」
アレスとレリエルは、走ってその場から距離を取った。
その背中を見送り、ヒルデはミークに声をかける。
「ミーク」
「はい!」
「あのデカブツには小手先の術では埒が明かない。大技で動きを封じる」
「はい!」
「俺は離れて詠唱する」
「はい!」
「お前が一人で時間を稼げ」
「はい……」
「よし」
「……って、え!?はあっ!?前衛、俺一人ですか!?」
四散した肉片がそろそろ解凍されそうな頃合いだった。
「体を張ってこの化け物を食い止めてろ!」
「えええええええええ!!」
白目をむくミーク一人を最前線に置いて、ヒルデは全力で後退した。
※※※
ともだちにシェアしよう!