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第70話 イヴァルト詰問

 誰かが殴られる鈍い音と、低い呻き声、そして血の匂い。  かつてカブリア王国の玉座の間だった場所は今、凄惨な折檻の場となっていた。    カブリア王国の王城は天使たちに再利用されており、玉座の間は三大天使のものとなっている。  カブリア国王が座していた赤い天鵞絨の玉座は打ち捨てられ、代わりに三つの玉座が並んでいる。  白水晶に似た鉱物で出来た、背もたれが羽を二つ並べた形をしている独特のデザインの玉座である。  左の玉座に、ラファエルがいた。制帽を目深にかぶって、うんざりした様子で額を押さえている。  右の玉座には、大天使の装束を着た少年天使が座していた。人間でいえば十二歳くらいに見える。  サファイアのような青く透き通る羽に、同じく青い髪と青い瞳。ネクタイの色も青。  髪は直毛で肩のあたりで切りそろえている。そして白すぎるほど白い肌に、赤い唇に、睫毛の濃い大きな目。まるで人形のようだった。  名をガブリエルという。表情もまた、人形のように無表情だった。  真ん中の玉座は空席であった。  真ん中の玉座の主、赤髪のミカエルは、立ち上がって折檻中のため。  ミカエルの前、後ろ手に縛られたイヴァルトが両膝をつき、こうべを垂れていた。既に火責めを受けた後であるらしく、全身の皮膚が焼け爛れていた。顔面が腫れ上がってるのは、散々殴られたためだろう。  ミカエルは問う。   「いまどういう状況だか、もう一回言ってみろ」  イヴァルトが、老人のような声を絞り出した。 「天界……開闢の……第一段階……『神域の形成』が成され……、第二……段階……『神の再生』……に向けての……準備中です」    「俺たち天使はこのクソ汚ねえ穢れ地を天界に変えるっつー、鬼畜難易度の作戦を遂行中なんだよ!成功のためには一片の不安要素も許されねえ!」 「おっ……しゃる通りです……」 「それをなんだぁ?レリエルを殺そうとしたら人間に寝返って逃げられた?しかも天使とタイマン張れる人間が現れただぁ?さっさと言えよクソ野郎!」  ミカエルはイヴァルトの体に回し蹴りした。 「くあっ……」  緑髪の美青年ラファエルは肩をすくめ、青髪の美少年ガブリエルは、ピクリとも表情筋を動かさず、ただ軽蔑したように眺めている。 「さらに、死霊傀儡の全貯蔵壊滅と!この責任どー取ってくれるんだ?あ?」  ミカエルは屈むと、イヴァルトのみぞおちにに拳をめり込ませる。 「ぶほっ……」  イヴァルトの口から血が噴き出す。ラファエルが呆れたように言った。 「もうそんくらいにしておきなよぉ」 「うっせえ!処刑前にいたぶらなきゃ、気がおさまんねえ!」 「あ、処刑は決定なんだ」 「イヴァルトさんにミカエルさん、どっちもどっちですね。ほんとクレイジーだと思います」  ガブリエルが淡々とした口調で言った。その声は変声期前の子供らしい、高い声だ。  クレイジーと言われたミカエルは、ガブリエルに振り向く。きょとんとした顔で、 「あん?『くれいじい』ってどういう意味なんだあ?」  ガブリエルは表情一つ変えずに答えた。   「美男子って意味ですよ」  ミカエルは嬉しそうに後頭部に手をやった。 「おっ?そ、そうか!まあな!」  赤髪の拷問官が、照れた笑顔を見せる。  ラファエルが眉間をつまんだ。 「あっほ……」  ガブリエルが問いかけた。 「で、その人間とレリエルの処遇はどうするんですか」 「決まってんだろ!二人ともぶっ殺す!」 「ですよね」  人形のような顔が薄く笑った。  これに対してラファエルが疑義を挟む。 「でも、神域外にいるんだから、俺たち手出しできないよ?ミカちゃん捕り逃しちゃったし~」 「う、うるせえ!」 「まーまさかチビ羽ちゃんに光速移動(フォトン・スライド)ができるなんてねぇ、俺たち上級天使専用技だと思ってたよアレ。練習すれば出来るもん?」 「知るかっ!とにかく絶対に殺してやる!」 「だから、どうやんのさ。イヴァルトが送り込んだ死霊傀儡も全部返り討ちにあったし、っていうか傀儡作る材料がもうないし」 「材料ならある」  ミカエルはそう断言すると、イヴァルトの髪を掴んだ。  その崩壊した顔面に、己の顔を思い切り近づけてニヤける。 「イヴァルトてめーに役立ってもらうからな……?」  イヴァルトは虚ろな目で答える。 「う……は、はい……」  クっと笑うと、ミカエルは持ち上げたイヴァルトの頭を思い切り床に落とした。  イヴァルトは後頭部と背中を、(したた)か床に打ちつけ苦悶する。 「よおっし、今度は仰向けで寝てろ」  言いながら、嬉々とした表情で長い杭を取り出した。その足元では、円筒状の入れ物の中、何本もの杭が不気味にその姿を覗かせている。  ミカエルは鋭い先端を持つどす黒い杭を、右手に持って左手の平にパンパンと叩きつけた。 「さあて次は杭責めだ。グッサグッサ、行くぜえー?」  その目は爛々と、責めの悦楽に輝いていた。 ※※※

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