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第80話 宮廷の夜(3) お夜食作る
ジールが密偵虫 をその右手に握りしめていた頃、アレスとキュディアスは、第四騎士団の部屋の大テーブルに、カブリア王国の地図を広げて話し込んでいた。
「私を全権大使として派遣する話、まとまるでしょうか?」
「難しそうだが、ジールがなんとかするだろう。そういうの無理矢理まとめるの得意だからな宰相は。さてどうやって攻略する?天使に奪われたカブリア王国」
「ミカエルたち……つまり三大天使と呼ばれる現時点事実上の執政者連中は、カブリア城を拠点としているそうです」
「もし神とかいう女王に権威あれども権力なしって状態なら、相手はそいつらになるな」
「ただどうもミカエルって奴は話が通じる相手じゃないらしいです。私としては、ミカエルと接触する前に、レリエルが人格者だと言っている『神』と話をしたい」
「『まだ卵』なんだろ?」
「ちょ、ちょっとそこがよく分からないんですが……。とにかく神の居場所を突き止めたい。そこにまっすぐ向かいたいですね」
「まあ一番怪しいのは、この地図に載ってないあそこだな」
「天使の天空宮殿……。やはりそこしかないでしょうね、神の居場所。なんとかして天空宮殿に入らないと」
「っつーか、アレスよお。お前まさか本当に天使と『交渉』なんてできるとは思ってないよな?」
アレスは苦い顔をする。
「分かってます、宰相にも念押しされてます。大使は表向きの名目で、私に課せられた任務は天使の要人の暗殺による計画の阻止ですよね。私もその覚悟は決めています。でも『神』とだけは話をしたいんです」
交渉決裂という理由が出来なければ、神には手を出さない。レリエルに対して、せめてもの筋を通したいという気持ち。
「……あんまりあれこれ背追い込むなよ?シンプルに行け。じゃなきゃ足を掬われて、命落とすぞ」
「肝に命じます」
キュディアスはふうと鼻から息をはくと、急にその大きな手で、クシャクシャとアレスの髪をかき回した。
「だ、団長!?」
アレスはびっくりして、恥ずかしそうに首を竦める。キュディアスはふざけてる訳でもないようで、むしろ真剣な眼差しだった。
「お前、親御さんは?」
「両親は……私が十歳の時にカブリアで大火があって、その時に死別して。そこから孤児院で暮らしてました」
「そうか……。天国の親御さんも鼻が高いだろうな、お前みたいな立派な息子を持って」
「そう、だといいんですが……」
「大事にしろよ、命」
「はい」
つん、と目の奥が熱くなった。記憶の中、生前の両親の姿が急に呼び覚まされた。線の細い母と、体の大きな父。兄弟はいなかった。一人息子のアレスを両親は慈しんで育ててくれた。貧しかったが、愛に包まれた幸福な家庭だった。
「しかし情報がまだまだ少ないなあ。もうちょっとレリエルから、引き出せないか?」
「そうですね、頑張ってみます」
「そう言えばレリエルはどこにいるんだ?」
「さっきシールラに連れてかれました」
「ま、まさか大浴場!?」
「だったら止めますよ!一緒に夜食作るとか言ってました」
「あー、あそこか……」
※※※
いつもお手製ジュースを振舞うシールラだが、どこで作っているかというと、城の厨房である。
「まーた入り込んでるのか、シールラ。もうメイドやめて厨房に転職したらどうだ?」
広いキッチンの一角、白いコックコートの男たちに混じって包丁を振るう水色のメイドドレス姿に、料理人の一人が声を掛けた。
「イヤですよお。シールラ、メイド好きですもん。だってドレスが可愛いんですう」
「あれ?今日は魔術師までいんのか」
と別の料理人が作業をしながら言う。
シールラの隣にはフード付きローブを着たレリエルがいて、火にかけたフライパンに油ひいて馴染ませていた。
「シールラのお友達のレリエルさんですう!大丈夫このローブは洗い立てのやつに着替えてもらいましたから不衛生じゃないですよお。レリエルさん同棲中で彼氏のために毎日お料理してて内縁の妻状態なんですよ、エロいですよねえ。じゃなかった、エライですよねえ!」
「……ナイエンノツマって何?っていうかなんで僕がリョーリしてるって知ってるんだ」
言いながらレリエルは、フライパンにシールラの切った野菜やベーコンを入れて、炒める。
「メイド情報網をなめたらいけません!毎日市場で二人でラブラブで食材ショッピングしてるそうじゃないですか、むっちゃ目撃されまくってますよお?」
「し、知らなかった……」
「でちょっと聞きたいことが……。あーでも、これ聞いてもいいんですかねえ、聞け聞けってメイド友達がみんなうるさいんですよお~。結構、アレス様に熱視線の女子が多くって~。カッペ……いやええと、地方出身者さんなのにメイドに人気ってすごいことなんですよ、さすがです爽やかは正義ですぅ」
「は?何だ。何が聞きたいんだ?」
シールラはこしょこしょとレリエルに耳打ちした。
「アレス様ってぶっちゃけどんな感じなんですかあ?よ・る!」
「夜?なんの話だ?」
「だからー、してますかぁ?アレス様と裸のお付き合い」
「い、遺伝子注入のことか!?」
「イデンシ?」
「精液……」
シールラが目を輝かせて口をおの字にした。レリエルの肩をばんばん叩きながら、小声でハイテンションにまくし立てる。
「キャーーー!精液注入とか言い方!なまなましすぎですぅ!でもよかった、アレス様もちゃんとやることやってるんですね!インポ疑惑はデマだってみんなに教えておきます、みんなほっとしますですぅー!」
シールラはご機嫌で、レリエルがへらで混ぜているフライパンに、生米を継ぎ足した。
レリエルは手を動かしながらも困惑して尋ねる。
「ま、待て、どうしてアレスと僕が遺伝子注入してるって分かるんだ」
「そりゃぁ、愛し合う二人が一つ屋根の下に住むってそういうことじゃないですかぁ」
「あ、愛……?愛と関係あるのか?」
「当たり前じゃないですか!エッチこそ愛、愛こそエッチ、エッチは愛の行為です!あ、愛のないエッチする人もぶっちゃけいっぱいいますけどお、アレス様は絶対、愛がないとエッチ出来ないタイプですよねっ!」
「……」
(えっち、って遺伝子注入のことか?あの行為は人間にとって愛?)
「してる時ってアレス様どんなこと言います?愛してるとか言ってくれます?」
レリエルは顔を真っ赤にした。
「う、うん、言う……」
「キャー、全っ然想像できないです!でもよかったちゃんと言えるんですねアレス様でもっ!シールラほっとしましたぁ!なーんだ甘々のイチャイチャのラブラブじゃないですかー!レリエルさん、アレス様にとーっても愛されてるんですね!」
レリエルの心臓がドキドキとうるさいくらい鳴る。
最初にその行為をした時にアレスに言われた言葉が急に蘇った。
『俺はただ、お前を愛してるから抱くんだ……』
信じたくて、信じるのが怖くて、嘘でも構わないと強がって、幸せだけどどこか宙ぶらりんだった心が、止めようもなく舞い上がってしまう。
(あの行為は人間にとって愛で、アレスは僕に何度も愛してるって言ってくれて……)
(アレスは本当に、僕のこと……)
「ああもう、なんてお顔するんですかレリエルさんっ!もうシールラ、当てられっぱなしですよお」
言いながらシールラはレリエルの炒めている米やベーコンに、スープを注ぎいれる。
「そうだシールラ、むっちゃエロいスケスケネグリジェとか、いっぱい持ってます!着てないやつ、レリエルさんに差し上げますう!」
レリエルはぼーっとした様子でフライパンをかき混ぜながら、呟いた。
「スケスケネグリジェがどんなものかまったく想像つかないが、嫌な予感しかしないから、いらない……」
「えー!?意外に冷静な答えが返ってきてシールラ今ちょっとショックですぅーーー!」
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