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第115話 南部プラーナ窟(1) ドクロ女
風が丈高い草花を揺らし、吹き抜けていく。
野生の花咲く草原の中、巨大な女神立像が立っていた。
その高さ、五十メートル。盾と矛で武装した姿。
だだっ広い草原に立つ、陸の灯台のような巨像だった。
ここに、天使の兵達が陣を構えている。数はおよそ二百。
白く輝く巨大な女神立像を中心に、円を描くようにその陣は敷かれていた。
地上に百、空中に百。
そして女神立像の足元に、大きな守護傀儡 がいた。
ドクロの顔に豊満な女体を持つ、不気味な姿の守護傀儡 だった。
隊長の天使が怒鳴った。
「連中は間違いなく、草に身を隠しながら這って来る!決して見逃さず、見つけたら一斉に魂 攻撃を放て!」
「はっ!」
隊長はほくそ笑んだ。見事に何もない草っ原、草に身を隠して近づくしかないだろう。
また空からもあり得ない。曇り空ならいざ知らず、雲の少ない青空だ。それこそ、どこからも丸見えだ。しかも人間は大きな使い魔に乗っていると言う。
それにたとえ曇り空だったとしても、地上から上空へと昇っている最中に、必ずどこかから発見されるだろう。
「たかが人間と出来損ない、ネズミ二匹にここまですることもなかろうが、まあミカエル様のご命令だからな。むしろラッキーか。これで仕留めたら俺の出世も間違いなしだ」
隊長は皮算用に舌舐めずりした。
※※※
レリエルの言った通り、テイム川下りは安全に進んだ。やはり天使には川で移動する、と言う発想自体がないのだろう。森の捜索にばかり注力している様子だった。
「そろそろ岸に上がろう」
アレスは小舟を東岸に寄せた。上陸し、リュックの中を確認する。気持ち良さそうに寝ているデポをツンとつついて見た。
パチリと目を開ける。
「モウ朝カ?」
「お、起きてくれたか!どうだ動けそうか?」
「ウーン、ヨク寝タ。今日モ元気ニ働クゾー!」
「さすがだぞ、デポ!お前は社会人の鑑だ!……じゃなかった使い魔の鑑だ!」
「ポッポ?」
「よし次は、ユタノ女神像だ」
アレスは地図を広げて、目標を確認した。
丸印を見てアレスは難しい顔をする。
「原っぱの真ん中なんだよなぁ……」
「兵がいっぱいいるだろうな」
「大勢の天使ってのは怖いな。魂 攻撃を一斉放射されたら、流石に即死だ」
アレスは悩む。だだっ広い、身を隠す場所のない草原で、四方に目を光らせてるだろう兵達にどうやって近づけばいいのか。しかも即死魔法を持つ兵達に。
「なあ、レリエルは神域内に入ったおかげで魔法の威力は上がってるんだよな?」
「まあな」
「じゃあ、出来るかなあ、一緒に」
「何を?」
アレスは空を見上げた。わたのような雲が浮かぶ青空。
「いい感じの空だ」
「おい、人の質問に答えろ!」
「川の水蒸気、もう一回借りよう」
「えっ?」
アレスは川の方に手を差し伸べ、何かを手繰り寄せるように腕を曲げた。
すると川霧が二人の周囲へと流れてくる。真っ白な霧が渦のように二人の周囲に取り巻いた。やがて雲のように濃密な、一寸先も見えない濃霧になった。
「な、なんだ、こんな真っ白にしてどうするんだ」
「レリエルにお願いがあるんだが、ちょっと今から……無理して欲しい」
レリエルは一瞬、面食らうが、ぷっと吹き出してうなずいた。
「いいよ、やってやる!無理してやるよ。僕になにをして欲しいんだ?」
「一日一回しか使えない光速移動 、今使ってくれないか?ゆっくり上昇すると確実に発見されちまうから」
「移動!?どこに行くつもりだ?」
アレスは人差し指を立てると、空を指差した。
「雲になろうぜ」
「……は?」
※※※
ユタノ女神像の周囲の天使兵達は、目を皿のようにして草原を忍び寄る者はいないか注視していた。
故に、頭上から怪しい雲が近づいていることには、なかなか気づかなかった。
空中待機していた天使の一人が、ふと顔を上げ、怪訝な顔をした。
「あの雲、ちょっと妙じゃないか?」
「妙って?」
「だってあんな低い所を……。なんだか、こちらに向かって落ちてきてるような……」
その瞬間、二人の青年がその雲から飛び出してきた。
小さい羽を生やした天使と、白い使い魔に乗った人間。
「あっ……!て、てきしゅ」
天使兵は敵の急接近を皆に知らせようとしたが、二人が同時に叫ぶ術名にかき消された。
「「――極大破魂 !」」
魂を破壊する呪殺の思念の、最大魔法。
それが爆発するようにぶちかまされた。
歪み一つなかった空間が、一斉にさざめき、泡立った。
鏡のごとき水面に、多量の波紋が広がるように。
あたり一面の空間が、突然歪んだ。
まるで幻覚のようなその一瞬が、その場にいる天使たちの魂を焼き尽くした。
声にならない叫びと共に、ばたばたと天使が倒れていく。
空中にいたものは落下し、地上にいたものは身を大地に投げ出し。
二百余名の兵士全員が、一瞬で行動不能となった。絶命したにせよ、かろうじて気絶で留まったにせよ。
地上に降り立ったレリエルとアレスは、はあはあと肩で息をした。特にレリエルがひどく疲労していた。がくりと膝を草むらにつき、胸を押さえる。
アレスはデポから飛び降りてその傍にかがみ、背をさする。
「すまん、本当に無理させた……!光速移動 に続いて初めての極大破魂 まで!」
レリエルは荒い呼吸をしながら、
「いい、それよりも、気をつけろ、まだ……」
言って震えながら指差した方向に、守護傀儡 がいた。
傀儡魂を破壊しきれず、守護傀儡 は一命を取り留めたようだ。
「くひひひひひ」
ドクロの顔から不気味な笑い声が漏れた。
べっとりとした、海草のような長髪を振り乱し、青白いくせに肉感的な女体には、体の線を強調する黒いドレスがぴったりと張り付いている。大きく開いた胸元にはたわわな谷間が覗き、スカート部分のスリットからは白い太ももが晒される。
どういう「イマジネーション」で作られたのか知らないが、ドクロのくせにまったく無駄に扇動的だった。
それが身の丈、五メートルはありそうな巨体なのである。
ドクロ女は両腕をあげ、大きく身をのけぞらせると、勢いをつけて体を前に折り、両手で空 を叩いた。
すると十本の爪の先から、針のような骨が大量に放出された。
アレスは動けないレリエルの周囲に防御球を展開しつつ、体を捻って剣で宙を薙ぐ。
「風斬剣 !」
宙を裂く回転斬りから、風の刃が生じて、針のような骨を全て粉砕した。
間髪入れず、走り出す。
ドクロ女は近寄るアレスに向かって蹴りを放ってきた。
ドクロのくせに無駄にいい形の脚で放たれるキック。飛びすさってかわしたアレスは、軸足の裏に回り込み、その腱に神剣を叩きつけた。
「くひいいいいいいい」
足の腱を切断され、ドクロ女の巨体が地面に倒れる。
アレスは倒れたドクロ女の背中に飛び乗った。
「斬魂剣 !」
倒れた巨体の心臓のあたりに虹色の光を放つ、空色の剣を突き刺した。
「いいいいいいいいい!!」
耳朶を苛立たせる不快な悲鳴を上げ、ドクロ女の肉体は砂となって崩れ落ちた。
崩れた巨体から地面に着地したアレスは、うずくまるレリエルの元に駆け寄った。
「無事か!?」
「ああ大丈夫だ、もう立てる」
レリエルは差し出されたアレスの手を取り立ち上がる。
「良かった、でも無理はするな、休んでてくれ。俺は希石 を壊してくる。ユタノ女神像の中か?あれは中が空洞で入れるようになってる」
「せいかぁーい!」
後方から、聞き覚えのある声がした。
アレスとレリエルは、緊迫の表情で振り向いた。
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