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第117話 王立博物館(1) 地球生命の進化

 次の目標は、王都の中にあるカブリア大聖堂だった。  既に王都の城壁の中に侵入したアレスとレリエルは、路地に身を潜めていた。天使感知器の反応に注意して天使との遭遇を巧みに避けながら、目標のすぐそばまでたどり着いた。  オレンジの瓦屋根の建物がひしめく、石畳の街中。薄暗い路地から、目標であるカブリア大聖堂を覗き、アレスはすぐに頭を引っ込めた。軽く歯をくいしばると、歯の隙間から息を吐く。  天を貫く円錐状の巨大な塔二本が、大聖堂の特徴だ。空へ空へと高く伸びる荘厳な大聖堂。だがその塔の一本は崩れ、一年半前に墜落した帝国の武装飛空船の残骸が突き刺さったままだった。  王都の光景は、どうしてもアレスの脳裏に忌まわしい惨劇の記憶を呼び起こした。地獄の六日間の。だが頭を振って、雑念を追い払った。  今はそれよりも考えねばならないことがある。  聖堂前広場は、多くの天使兵達に陣取られていた。天使達は油断無く周囲に目を光らせていた。屋根の上にも多くの天使達がいた。天使感知器ペンダントが危機を知らせて青く光る。 「いっぱいいるな。次の希石(コア)は、大聖堂の地下にあるって言ってたよな?」 「地下に最もプラーナが濃い部屋があって、そこに設置されてる」 「地下礼拝堂か……。よし、裏口使おう」 「裏口?」 「ああ」  アレスは踵を返し、路地を大聖堂と反対方向に向かった。  天使はカブリア大聖堂に集中しているようで、ちょっと離れるとすぐに、天使感知器ペンダントの青い光は消えた。  それでも警戒し、路地から路地に素早く移動する。  やがてある一角で、 「あれに入る。カブリア王国自慢の、王立博物館だ」 「ハクブツカン……?」  アレスが指差す先には、大聖堂に勝るとも劣らない立派な石造りの建築物があった。大聖堂が縦長で荘厳だとすれば、こちらは横長で優美。  緑に彩色された屋根を頂く、左右に広がる二階建ての大きな博物館だった。 「博物館にも地下がある。各主要施設の地下同士は、実は地下通路で繋がってるんだ。敵襲やら災害やら、そういうのに備えてな。これ、カブリア王国の重要機密だから内緒な」  言って、その建物へと駆け出す。  二人は末広がりの階段を駆け上った。そして大きな木の扉をぐっと押し開ける。施錠はされていなかった。  入り込み扉を閉じると、しっかり中から(かんぬき)をかけた。  白と黒の大理石タイルの立派な玄関を通り、中の扉を開ける。 「わ‥‥!」  内部の光景に驚き、レリエルが手で口を覆った。  大ホールの中、数々の生き物の、絵や模型や標本が、ずらりと並べられていた。  中央で目を引くのは、巨大な首長竜の骨格標本。長い首と体は圧倒されるほどの巨大さだ。それから台に並べられた渦巻く貝、壁にかけられた歯の生えた鳥、囲いの中は今にも動き出しそうな、牙を持つ毛むくじゃらの象。  高いアーチ型の天井の窓から射す光が、それら不思議な展示物を神秘的に照らし出している。   「ここはなんだ?」 「博物館。科学知識を誰にでもわかるように展示している場所だ。この最初のエリアでは地球生命の進化について解説してる。飾ってあるのは、むかーし地球にいた生き物の模型や化石だな」 「ええと、つまり?」  アレスは部屋の中央にある巨大な絵画をレリエルに示した。 「この絵は、最新の学説に基づいた進化の樹木図だ。昔地球には、細菌みたいな、目に見えないほど小さい生き物しかいなかったんだ。でもそれが、子孫をいっぱい増やして、子孫は地球の環境に合わせてどんどん変化した。魚になったりカエルになったりトカゲになったり。ネズミになったり象になったり。竜になったり鳥になったり。キノコになったり花になったり蝶になったりタコになったり。人間になったり。……したわけだ」  言いながらアレスは奥へと歩く。その後ろを行きながらレリエルは考え込む顔をしている。 「なあ、もしかして……。川で話してたこと、本当なのか?人間も天使も、大昔は魚だったって」 「本当さ。天界の学校では進化のこと、どう習った?」 「進化、ああ、えっと。宇宙には知能を持たない下等生物と、羽のない知的生命体、人間っていう低次生命体がいっぱいいて……」 「ふんふん、それで?」 「天使は人間から進化した高次生命体」 「ふむ……」 「……おしまい」 「そんだけかよ!?」 「うん、まあ……」 「簡単そうだなあ、テスト!」 「信じられない、全ての生命体が、目に見えない小さな生き物から、どんどん変化していったっていうのか?」 「勉強になったろ?人もシマウマも花も、たった一つの共通祖先から枝分かれしていったんだぜ。地球上に生きる命は、みんな兄弟なんだ。俺の遺伝子一つに、地球の莫大な歴史が刻まれてるんだ」 「人も、花も、みんなこの地球で生まれ育った……。一つの同じ命から生じた……。少し、うらやましいかもしれない」 「ん?」 「言っただろう、天使は知らないんだ、自分たちがどの星で産まれたのかすら。僕たちの原初の母星はどんな星だったんだろう。どんな命がいたのだろう……」  憧れるような眼差しにアレスは微笑む。 「そっか……。お、階段だ。地下展示室に行こう。地下展示室の端っこに、地下通路への隠し扉がある」  階段を下り、地下展示室の扉を開けると、レリエルが悲鳴に近い声をあげた。 「わわ!すごいな……!」  地下展示室は骨格標本だらけだった。  一階の大ホールにあったのとそっくり同じで小さめのもの。やたら大きな頭蓋骨と長い尻尾、の割に妙に小さな手が生え、二本足で立つもの。顔に三本も角が生えているもの。背中に板のようなものが生えているもの。腕が翼の形をしているもの。 「上にもあったが、これは、ケモノの骨か?」 「獣ではないな、ここは古代竜専門エリアだ。古代竜は(ドラゴン)の祖先だよ。今でこそ竜ってのは非常に珍しい生き物だが、過去には『竜の時代』があったんだ。沢山の古代竜が地上を支配していた時代が……って話を前もした気がするな」 「言ってた気がするがちゃんと覚えてない。どうして今は珍しいんだ?そんな沢山のコダイリュウ、どこに行ってしまったんだ?」 「それはこっちの絵で説明されてる」  そこには、巨大な隕石が地球に衝突する絵が描かれていた。 「こ、この絵、巨大隕石の衝突!」  レリエルがその絵を見上げて息を飲む。 「そう、古代竜は隕石のせいで絶滅したんだ」 「僕たちと同じだ!」 「ああ、そうか。天使が星を捨てた理由も隕石だったな」  記憶が鮮やかに蘇って来たのだろう、レリエルは興奮気味に、急にその惨劇を語り出した。 「火の玉が落ちてきて、大地は炎で包まれ、津波が起きたんだ。分厚い雲が空を覆って、太陽の光が届かなくなって真っ暗になった。地脈が乱れに乱れて、プラーナが激減して沢山の天使達が死んで行って……そしてついに神様が、卵に戻ったんだ!」 「ふむ、神は惑星の環境激変が起きると卵に戻るんだな」 「ああ。そして神様の宮殿も卵型に、星間移動モードに形状変化した。それはつまり、新たな天界を求めて旅立つ時が来たという合図だ。天使達は宮殿の入り口に殺到した、僕も」 「でも一万人くらいしか乗れないんだろう?」 「そうだ、ほとんどの天使は乗れない。早い者勝ちだった。もう酷い有様だった。乗れなかった天使達はみんな、乗れた僕たちへの恨みに満ちた顔をしていた……。思い出すだけで背筋が凍る……。ともかくそれで、宮殿は、大気圏を抜けて、宇宙に飛び出した!」 「よく記憶しておいでですね、レリエルさん」  割り込んで来た子供の声に、二人ははっとして振り向いた。 「ガブリエル様……!」  制帽制服の黒づくめの大天使装束に青いネクタイを締めた、人形のような美少年が立っていた。肩まで伸ばした青い直毛に青い羽、その手に銀色の球を持っている。  アレスは驚きに目を見開く。 「ミカエルの舎弟二人目……!な、なぜここが分かった!?」 「水は至る所に存在している。つまり私は至る所を見る事が出来るという事です。……やはりラファエルさんは、あなたたちを逃しましたか。熾天使様の命令は絶対ですからね」  そう言って、ガブリエルは足元に銀色の球……希石(コア)を置いた。 「私もあなたたちを逃してあげてもいいのですが……。せっかくだから、多少は痛めつけても、良いでしょうか?」 「あ?」  アレスは眉間にシワを寄せる。  美しい少年はクッと酷薄に笑った。 「だって私、あなた達が大嫌いですから!汚らわしい人間と汚らわしい矮小羽!殺さない程度にいたぶって差し上げます!」

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