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第118話 王立博物館(2) ガブリエル
ガブリエルは子供とは思えない冷酷な瞳で言い放つ。
「レリエルさん、あなたのような気持ちの悪い生物は、先の天界で死ぬべきでした」
レリエルは衝撃を受けて顔を引きつらせる。
「なっ……!」
「なぜ、神聖なる宮殿に乗り込んで来たんですか?はるばる地球まで来るなんて、なんて厚顔無恥なのでしょう」
「ぼ、僕には生き延びる価値が無かったとでも言うんですか!?」
「そうです!なぜあなたが地球にいるのかと誰もが思っています、当然でしょう?半人間の醜い出来損ない、そんな奇怪な姿を晒して生にしがみ付くなんて、なんと浅ましい化け物でしょう!」
「なんっ……!」
レリエルは絶句し、アレスが瞳に怒りをたぎらせつつ口元だけ嘲笑に歪める。
「はっ、舎弟二号のクソガキ君よ、てめえのほうがよっぽど醜いぜ?鏡でその陰険クソガキ顔を見てみろよ!」
ガブリエルの目が冷たく光る。
「……しゃべる汚物……。浄化が必要ですね!」
ガブリエルが手を上に掲げた。すると二人の頭上の天井が凍りつき、複数の氷柱が生える。
氷柱はアレスとレリエル目掛けて飛んで来た。
「火輪の咒 !」
レリエルが火炎の輪を放って氷柱を溶かし、
「斬魂剣 !」
アレスは剣でカブリエルに迫った。ガブリエルは身構えもせず突っ立っている。アレスは嫌な予感がしながらも、その胴に虹色に光る神剣を叩きつけた。
剣はすかっと宙を切る。魂 への手応えなし。
その姿はゆらりと歪んで、消失した。
霊体化ではなかった。
「消えた……!?」
「ふふふふ……」
笑い声が反響するようにあちこちから聞こえた。
気づけば博物館の地下展示室の中、沢山のガブリエルが佇んでいた。
「なんだこれ、舎弟二号がいっぱい!?」
「ガブリエル様の写し姿!」
「写し姿?なるほど、偽物だらけでどれかが本体ってことか」
「驚いている暇はありませんよ?」
全てのガブリエルが手を上に掲げる。
今度は天井一面が凍りついた。
天井の至る所から無数の氷柱 が生えた。
生えたそばから、飛んで来る。
豪雨のごとく無数の氷柱が降り注いだ。
古代竜の貴重な骨格模型がバラバラと崩れ去っていく。
「おいおい、多すぎだろ、氷柱 !炎斬剣 !」
アレスが剣を炎属性の魔剣技に切り替えて振るい、氷柱を溶かして消していくかたわら、
「霊体化防御 !」
レリエルが霊体化してくれた。だが、
「呼肉の風咒 」
すぐに霊体化を解除する咒法をかけられた。
アレスは舌打ちをしながら、二人の体の周囲に防御球を張った。
二人はひたすら火炎術で応戦した。
だが全てのガブリエルがあざ笑う。
「火力不足ですよ、お話になりません!」
「クソっ……」
アレスは悔しげに顔をしかめる。ここは地下の室内、火事にならない程度の火炎術しか使えない。
一方で氷柱は容赦無く降ってくる。
溶かしきれなかった氷柱が、防御球に何本も直撃した。
やがてピシリと音を立てて、防御球が壊れた。
「つっ……!」
二人の肩や足に、火炎術をすり抜けた冷たい刃が突き刺さり、血が流れた。
アレスは再び防御球を張る。
切れ目のない氷柱の嵐の中、二人は小さめの火炎術を繰り出し続けた。防御球が壊れるたびにまた防御球を展開し。
天井の氷柱は、無限に生えて来た。溶かしても溶かしても、無限に生えて、無数に降り注いでくる。
うんざりするような、それでいて気を抜けない、耐久戦である。
術者、すなわちガブリエルを仕留めることでしか、この無限氷柱を止める事は出来ないだろう。
アレスは沢山のガブリエルに目を走らせた。一体、どれが本体なのか。
いっそ魂 攻撃でも撃ってくれれば、思念波の先を辿って本体が分かるのだが、その気配もなかった。天井から振ってくる、技の出どころを把握できない氷柱攻撃だけを仕掛けてくる。
「レリエル、舎弟二号のこの分身技は一体なんなんだ!」
「空気中の水分に霊体を反射させてるって聞いた!僕が見た時は体が透けてたんだが」
「空気中の水分……。じゃあ空気中の水分を減らせば、反射できなくなる……?」
アレスはそこで、はたと気づいた。
氷柱を溶かすことで、空気中に水分を送り込んでいるだけではないか、と。ガブリエルの分身をより色濃くしているだけではないか、と。
「レリエル、火炎魔法を止めてくれ!」
「え?わ、分かった」
レリエルは火輪を止め、アレスも剣を鞘に納める。
アレスは両手を体の前で水をすくう時のように丸め、精霊に祈る。
「水の精霊よどうかこの喉を潤す水をお恵み下さい」
するとアレスの両手の中、溢れるように水が湧き出て来た。
それと同時に。
沢山のガブリエル達の姿がすっと薄まっていった。色味が薄れ、幽霊のように向こう側が透けて見える。
たった一人をのぞいて。
アレスはよし、と笑みを浮かべて再び剣を抜く。
「空気中の水分を手のひらに集めて水に変える魔法だ!旅人の行き倒れ防止の為の魔法だが、これで湿度が下がった!」
アレスは体が透けていないたった一人に飛びかかった。
「……本体は……てめえだあっ!」
「まさかっ……!」
体の透けてないガブリエルが目を見張った。
「斬魂剣 !」
その魂に、今度こそ剣を突き立てる。
「あぁっ……!」
霊体化されていた為、肉体は傷つかなかったが、魂構成子 破壊の手応えがあった。
痛みに顔を歪めたガブリエルに、さらなる追撃を振るう。
「やああああっ!!」
嬲られるように、容赦無く魂を削られ、ガブリエルはその場に座り込んだ。
ガブリエルは霊体の体を震わせる。
「私の魂構成子 が、残り二つ……!そんな馬鹿な!くっ、屈辱……!」
「レリエルを侮辱しやがって!よくも先の天界で死ぬべきとか言ったなクソガキが!死んでレリエルに詫びやがれ!」
アレスが止めを刺すべく剣を振りかぶった瞬間、ガブリエルが拳を握りしめ、震え声で叫ぶ。
「光速移動 !」
ガブリエルの姿が消えてなくなった。アレスは悔しそうに悪態をつく。
「クソ、逃げられたか!ごめんなレリエル、殺し損なった!」
だがレリエルが戸惑った声音で答える。
「ごめんって別に、なにも殺さなくても……」
「えっ」
「今ちょっと、お前に引いてた……。ガブリエル様、一応、子供だし……」
アレスは決まり悪そうに咳払いをして姿勢を正した。
「や、優しいなレリエルは!」
確かに子供相手に殺意丸出しで凶暴だったかもしれない。だがレリエルへの罵詈雑言は、あまりにも許し難かったのだ。
アレスは気を取り直すと、床に転がる希石 を拾い、放り投げる。もう慣れた要領で神剣で切断した。
黒ずんだ希石 を踏みしめて言う。
「さあ、残るはあと一つだ!」
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