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第122話 アントゥム神殿(3) 蘇り

  全ての魂構成子(セフィラ)が破壊され横たわるアレスの体を揺すり、レリエルは泣き叫んでいた。 「うわあああああっ!アレス、アレスお願いだ目を覚ましてくれ!うわああああああっ!」  ミカエルは舌うちする。 「ピーピーうっせえなあ、てめえも今すぐ殺してやるから黙っとけ」  だが不意に、レリエルが口をつぐんだ。目を見開いてアレスを凝視し、囁く。 「……なんだ?壊れた魂構成子(セフィラ)の欠片が再構築を……?いや、でも、アレスは苦しんでる……!僕を呼んでる……僕が助けないと……!」  突然、レリエルは気を失った。仰向けに横たわるアレスに覆い被さるように倒れ、動かなくなる。 「……は?」  ミカエルは眉間に皺を寄せる。 「おーい、どうした出来損ない」  ミカエルは首を傾げる。  まいっか、と呟くと、ミカエルはつかつかと二人に近づき、赤い三日月刀を振り上げた。 「二人仲良く骨ごと切り刻んでやっからよ!」  そしてレリエルの首筋目掛けて、刀を振り下ろした。  が、レリエルの首が転がることはなかった。  アレスがミカエルの腕をつかんで止めたため。  ミカエルが息を飲む。 「おまっ、生きっ……」  一瞬前までそこに横たわり死んでいたはずの男が、ミカエルの右腕をつかんで止めているのである。  アレスが手に力を込めた。  ミカエルの体が持ち上がる。体格差で言えば自分より大きいくらいのその体を、いとも軽々とアレスは持ち上げた。ミカエルの顔が驚き、強ばる。  アレスはミカエルの体を放り投げた。豪速で。  草を剥ぎ大量の土を巻き上げて、ミカエルの体が地面に叩きつけられた。  ミカエルは物凄い形相で起き上がる。 「この死に損ないがっ!なんだその力!いやその(セフィロト)は!全回復でしかも……魂構成子(セフィラ)が十一あるだと!?」  アレスを睨みつけたミカエルは、だが、急に何かに気づいた顔をした。  ああ、と何かに納得しながら一人でうなずき、くっと蔑みの笑みを浮かべる。 「なるほど、そういうことか……」  ミカエルは言いながら髪をかきあげた。   「天空宮殿に隠されていた人形のような人間……。魂構成子(セフィラ)が一つ多い人間!ウリエルが見たのはてめえだったのか!ルシフェルがてめえを庇う理由……全部繋がった!てめえが秘儀、第四段階の中身なんだ!」 「……」  アレスは答えず、表情を変えない。 「隠すわけだぜ、神の夫が人間だったなんてな。この星丸ごと変えるにはこの星と同調できる遺伝子が必要ってことか。新生天使だけが次元上昇できる神秘、なんてことはないカラクリだったな」  ミカエルはせせら笑う。腹の底からアレスを嘲笑うような歪みが、その顔面に広がる。 「しかしざまあねえなあ、英雄気取りの大バカ野郎が!てめえは天使に捧げられる地球の生贄だったんだよ!地球を天使に明け渡すために、天界開闢を成就させるために、ノコノコやって来やがった!すげえ笑える話だよなあ!」  アレスはなお、顔色一つ変えなかった。ただ静かな声音で言う。 「間違ってるぞ。俺は天界開闢を止めるために、やって来たんだ」  アレス手をすっとミカエルに突き出した。  そして、その術名を唱える。 「——破魂(クリファ・セフィラ)」  最も弱い、魂攻撃。  昨日、(メガ)レベルですらラファエルの魂構成子(セフィラ)を一つも破壊できなかった。  アレスの手から放たれた小さな球体が、ミカエルの魂に到達する。 「ぐはっ……」  ミカエルが目をかっと見開いて胸を押さえた。 「ばか……な……っ」  ミカエルの魂構成子(セフィラ)が九個、破壊されていた。 「一個、残しといてやった。お前は頑丈そうだから最後の一個も半壊にしておいた」 「ふざ……け……っ」 「命を助けてやったのは温情じゃない。お前に人間の勝利を見せるためだ。お前は総司令官(ボス)なんだろう?ならこの戦いの結末を見届けろ」 「くそっ……たれがっ……!」  ミカエルはがくりと膝を落とし、倒れた。  「アレ……ス……?」  その時、目を瞬きながら、レリエルが目を開ける  アレスはレリエルに振り向き近づき、その体を抱き起こす。 「よかったレリエル、目覚めたか」  レリエルは息を飲んでアレスを見つめる。 「アレス!生きて……!」  レリエルの瞳から涙が溢れ、アレスに抱きついた。 「アレス、アレス!夢じゃないな?死んでないんだな!?ああ、生きてる!アレスが生きてる!」  アレスはレリエルを抱きしめ返しながら、 「お前が救ってくれたんじゃないか」 「え?」  きょとんと見上げるレリエルの頬を両手で包み、アレスは微笑む。 「覚えてないか?」  レリエルは何かを思い出したように、はっとする。 「そ、そうだたった今、とても短い夢を見ていた!アレスが真っ白な天使にいじめられて、とても辛そうで、僕はアレスを助けたくて!」 「レリエルは命の恩人だ」  アレスは目を細め、レリエルの唇に優しいキスをする。泣きぬれたレリエルが、嬉しそうに微笑んだ。  アレス自身も何がどうなっているのか、分からない。ただ今の夢見を経て、自分が異常に強くなったと言うことだけは、はっきりと分かった。  その理由などもはやどうでも良かった。どんな力でも利用してやる。  神の夫?それがどうした。  自分しか天使と戦えない。自分しか人類を救えない。  その事実に変わりはない。  アレスはアントゥム神殿を見据えた。そしてその上空の天空宮殿を仰ぎ見る。 「じゃあぶっ壊すか、希石(コア)!」  二人は神殿の大理石の階段を昇った。  黄金色の太い柱が丸く並び、丸い屋根を支えている。その屋根の中心部に、丸い穴が空いている。  アレスはその丸い穴の下から、天空宮殿を見上げた。  天空宮殿の底は、下からは巨大な白色の皿のように見えた。 「希石(コア)と、宮殿への転送門がここにあるんだよな?一体どこに?」 「希石(コア)はこの床石の下だ」 「門は?」 「言っただろう、閉じられているって。閉じられているから、見えないし触る事もできない」 「なるほど、レリエルが言っていた『こじ開ける事は不可能』の意味が分かったよ。門に触ることすら出来ないんじゃ、不可能だな」  言いながら、白い大理石製の床石の隙間に、剣を差し入れた。  他の床石は綺麗に接着されているのに、この床石には隙間があった。その隙間に剣を押し上げ、床石を外す。  中に、銀色に光る玉の存在を確認したその時。  キュイイイイ……イイイイイ……ン……  という音が、頭上から響いた。頭上、すなわち天空宮殿から。  振り仰げば、宮殿の下の面、浮かぶ白い皿の一角に四角い穴が空いていた。  今の音は、この穴が開く音だったようだ。  その穴から、一体の守護傀儡(ガーディアン)が舞い降りてきた。

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