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第131話 星へ還る

 宮殿から地上に落下し倒れていたルシフェルの体は、天使兵達に発見され、王城前の広場へと運ばれていた。  ルシフェルの体を抱え、ラファエルが必死に呼びかけていた。 「ルシフェル様、どうかしっかりしてください!一体なにがどうなって!神の波動を感じません、神はお隠れになったのですか!?それにこの、浮遊する大量の小さな死霊傀儡は一体!」  ルシフェルの最後の魂構成子(セフィラ)は消えかかっていた。  ラファエルが先ほどから回復術を施しているが、ダメージが大きすぎて回復が出来ない……つまり、手の施しようがない瀕死の状態だった  その傍ら、ミカエルは腕を組んで冷たい眼差しを送り、ガブリエルは放心し憔悴した様子だった。    ルシフェルがうっすらと目を開けた。その口から途切れ途切れの言葉が発せられる。 「天界開闢が……失敗した……。もう神域を維持できない……。天使は皆死ぬ……」 「えっ……!?」  ルシフェルの目は、どこか遥か遠いところを見ていた。 「私はずっと夢見てきた……。数百万の新生天使達が歌う、天界開闢の歌を……。その歌と共に不浄の下界がプラーナに満たされる、その神聖な日を、ずっと夢見て来た……」 「ルシフェル様!失敗とはどういうことですか!」 「だが……。何億世代もの間……多くの星を渡り歩いてきた我ら……。あまたの星の人間たちを殺し、星を奪ってきた……。そうだサタンの言うとおりかもしれぬ……。それは本当に進化だったのだろうか……」 「ル、ルシフェル様……?」 「なあラファエル、知っているか?死んだ天使の(セフィロト)は……。最初の天界に……。天使が生まれた原初の母星に……還るそうだ……。本当だろうか……。私も……母星へ……」  ルシフェルは目をつぶった。 「おい、まだ死ぬんじゃねえよクソジジイ!」 「ミカちゃっ……」  割り込んで来たミカエルは、ルシフェルの首を掴んだ。 「てめえなんかさっさとくたばりゃいいが、その前に教えろ!ウリエルの指が切断されてた!なんで、なんのために拷問なんてしやがった!」  ルシフェルが微かに目を開ける。ミカエルの目を静かに見つめ、ルシフェルは最期の言葉を紡ぐ。 「……ウリエルが見てしまったものを……誰かに話していないか、尋問をした……。誰にも話していないと……。ウリエルは最後まで、誰の名前も言わなかった……」  そしてルシフェルの(セフィロト)は完全に停止した。 「っつ……、あああああああああああああ!!」  ミカエルは獣のように咆哮し、既に事切れているルシフェルの顔面をめちゃくちゃに殴打する。 「やめてっ!やめてミカちゃん、もうルシフェル様は死んでる、死んでるから!」  ラファエルは涙を流し、ガブリエルが呆然とした表情でかすれ声を漏らす。 「私たちも、死ぬんですか……?天使は皆……?」  狂ったようにルシフェルを殴っていたミカエルが、不意にぴたりと動きを止めた。  何かに気づいた顔で、はっと後ろを振り仰いだ。天空宮殿の方角を。  ちょうどアレスが、空に向かって舞い上がっているところだった。 「あいつ、飛空まで出来るようになりやがって……」  ミカエルはその、飛翔する羽なき男を見つめる。  やがてふっとため息をつき、ルシフェルの血で濡れた自分の両手に視線を落とした。  そして口角を上げる。  それは一瞬で、滅びの運命を受け入れた表情だった。  舌打ちをひとつしてから、赤い髪をかきあげる。  空へ昇り行くアレスに向かって、愚痴るようにつぶやいた。 「あーあ、てめえの勝ちかよ。つまんねえなぁ……」

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