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第134話 騎士だから
飛空敷がゆらゆらしながら、着陸した。三人が降りてくる。
シールラがレリエルに抱きついた。
「きゃーレリエルさーん!さっきは、やっと戻って来たと思ったらおじさんたちに囲まれて難しい話していなくなっちゃうから、お話できなくて寂しかったんですうー!」
「そうだったのか?」
「無事でほんと良かったですぅ!またお城で一緒に楽しいこといっぱいしましょうねっ、お料理もしましょうね!」
「ああ!」
レリエルは嬉しそうに笑った。
プリンケは元気いっぱいにアレスに駆け寄った。
「救世主!どうじゃ、神剣ウルメキアは役にたったか!?」
「はい、この剣がなければ勝てませんでした!」
言ってアレスは、背中にくくりつけた空色の大剣を見せた。
「なんじゃ色も大きさも変っているではないか!すごいのう、本当に神剣なんじゃのう。良かった良かった、二千三百年の継承は無駄じゃなかったんじゃな!余も無事に務めを果たせて、祖父たちに誇り高いぞ!」
ミークはそれを聞いて感激したように拳を震わせた。
「伝説の神剣ウルメキア!陛下からアレス様の手に渡っていたのですか!しかもこの焼け野原、本当にアレス様お一人で全ての天使を殲滅……?なんということでしょう、とてつもなさすぎてわけが分かりません!俺この光景、この出来事、子々孫々まで語り継いでいく所存です!田舎の家族にも長文の手紙で伝達しておきます!」
そこらでごほん、と咳払いがした。
「……陛下、どういうことですか、これは?」
背後から、宰相ジールのとても冷ややかな声が降ってきた。
プリンケが気まずそうにしつつも、逆切れ風に頬を膨らませる。
「な、なんじゃ、文句あるのかジール?自分ばっかり現場急行でずるいぞ!余だって来たかったのじゃ!」
「だからって新人の運転する飛空敷に三人乗りって、ご自身のお命、お立場をお考え下さい!」
「あーもう、うるさいのお。ミークは新人でもとても有能な魔術師だから大丈夫じゃ」
一方、そのミークはヒルデにじっとり睨まれていることに気づき、縮みあがった。
「あの、その、ヒルデ様、これには深いわけが……!」
「ほう、わけ?陛下に頼み込まれて断りきれなかった、などという理由ではないということだな?」
「……。そ、その理由じゃ駄目……な感じですか……?相手、皇帝陛下ですよ……?」
「馬鹿者!断れ!!」
「ひえええええ、すみません~~~~!」
アレスとレリエルは顔を見合わせて笑った。レリエルが言う、
「平和だな」
「ああ、まったくだ、すっげー平和!」
そこにキュディアスの大きな手が伸びてきて、がしりとアレスの頭を掴んだ。
「お前が守った平和だろ、ありがとな」
「ははっ、当然のことをしたまでです。騎士ですから!」
キュディアスはアレスの言葉を噛みしめるように、微笑んだ。
「そう、だな……。さあ、戻るか帝都へ。すっかり焼け野原になっちまったが、ともかくも奪還したんだ、お前らの故郷。老カブリア王にも報告しないとな」
「ええ、そうですね」
感慨深げなアレスを、レリエルが優しい顔で見つめた。
アレスはその視線に気づいた。胸に痛みが刺した。
「ごめんな、レリエル。神様も、天使も、全部……」
レリエルは微笑み、首を横に振った。
「僕は自分の選択を後悔してない。お前はなすべきことをした。人間を皆殺しにして星を奪うなんて、許されるわけがないんだ。天使は罪深い生命体だ、これは当然の報いだ。僕一人生き残ってしまったのは心苦しいが……」
気丈に振る舞うレリエルの肩をアレスは抱いた。感謝と敬意の念と共に。「ありがとう」と心からの礼を述べる。
レリエルは「神」を「かあさま」と呼んでいた。アレスはレリエルに、そういう存在を捨てさせたのだ。
母殺しの罪、同胞全滅の罪。
一番重いものを背負ったのはレリエルだろう。
(人類の救済と引き換えに、俺が背負わせたんだ)
どう言い繕っても、それが事実だとアレスは思った。
背負わせたものごと、これからずっとレリエルを守っていく。アレスは心の中で固く誓った。
「そうだ、そろそろ引っ越そうぜ。もうちょっと大きい家に住もう。もっと大きなベッドを置ける家に。夫婦は寝室を共にしなきゃだ」
アレスに肩を抱かれて歩きながら、レリエルは照れ臭そうにうなずく。
「う、うん」
「あと海にも行こうな、生命を……」
「育んだ海、だろ」
「そう、それだ!覚えてくれてたか」
「もちろんだ、楽しみだ」
「だな!」
レリエルは目を細めて小声でつぶやく。
「未来のことを話せるって……幸せなことだな……」
アレスは微笑み、うんと力強くうなずいた。
「そうだな」
アレスは東方を見つめた。
人間達の住む方角を。
アレスの守った、たくさんの人々が住む場所。
ふいにじんわりと、涙がこみ上げてきた。
今やっと、あの地獄の六日間の悲劇を乗り越えられる心地がした。
あの時、救えなかった沢山の命。
でも、今度こそ。
(俺は守れたんだ)
(今度こそ、人々を守ることが出来たんだ)
ただその事実に、静かな満足感がこみ上げる。
(よかった……)
アレスの目から、一筋の涙が零れ落ちた。
今救えた喜びと、あの時救えなかった悲しみ、その両方の感傷を込めた涙。
それは成したことの大きさに比して、あまりにも朴訥 とした涙だった。
——騎士として人々を守りたい。
彼を突き動かしたその一念。
これほど大きなことを成し遂げた人物の動機が、そんな素朴なものだとは信じ難い、と人は言うだろうか。
だが真の英雄とは、得てしてこのようなものなのかもしれない。
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