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第135話 帰還

 水色の髪の美しい少女、皇帝プリンケが、玉座の前にすくと立つ。  その御前に、横にした神剣を両手で持つアレスがかしずく。  その隣には寄り添うようにレリエルも床に膝を立て、(こうべ)を垂れていた。  天使殲滅の翌日、トラエスト城の玉座の間では『授剣の儀』と対になる儀式、『返剣の儀』が行われていた。  トラエスト皇帝に神剣を授けられた救世主が、神剣をトラエスト皇帝に返す儀式である。  最小人数で行われた『授剣の儀』と違い、『返剣の儀』は玉座の間を埋め尽くすばかりの大人数が見守る中で行われた。  アレスは緊張の面持ちで、空色の大剣を、下げた頭の上に掲げる。 「陛下より授かった神剣ウルメキアの導きにより、敵を滅し帰還致しました。今ここに神の剣をお返し致します」  プリンケは慈愛に満ちた瞳で二人を見つめながら言う。 「救世主アレス、そして共に戦ったレリエル。見事に大儀を果たし人々を救ってくれた」 「ありがたきお言葉感謝いたします。全ては神の御加護の賜物です」 「いかにも、トラエスト皇帝はこれからも人々の名代として、そなたらを地上に遣わしたもうた天空神アントゥムと連なる神々に、永遠(とわ)なる祈りと崇敬を捧げることを誓おう」  参列者達から、感嘆のため息が漏れる。聖職者らしき者たちは手を合わせ天を仰いでいる。 「……ところで陛下……」  アレスは剣を頭上に抱えたまま、冷や汗をかきながら小声で伝える。その小脇には黒い鞘が刺してある。 「実は、鞘なのですが。このように剣が形状変化してしまったために、鞘に納まらなくなってしまいまして……」  プリンケはいたずらっぽく微笑んだ。 「鞘に納まらぬ?果たしてそうであろうか?」  プリンケは小さな手を伸ばし、アレスの掲げる大剣の、柄の部分を握りしめた。  その瞬間、大剣は鮮烈な光線を四方に放った。  人々が眩しさに目を瞑り、再び目を開けた時。  空色の大剣は、最初に授けられた時と同じ、無色透明のシンプルな剣へと変化していた。  その奇跡に、場がおお、とどよめいた。  参列する書記官が、必死に紙にペンを走らせる。克明に儀式の様子を書き留めているようだ。 「やはり縮んだな、そんな気がしたのじゃ」  プリンケは得意げな顔で、片手に持った剣をひらひらと左右に回してみせた。息を飲み、感服した様子のアレスに差し出された鞘を、もう片方の手で受け取る。  小さな体に似合わぬ手際の良さで、皇帝はカチャリ、と水晶のような剣を鞘に納めた。 「神剣ウルメキア、確かに返してもらった。世に再び厄災の時が来るまで、トラエスト皇家がこの剣を守り抜く。救世主アレスの功績と共に、子々孫々まで伝えていこう!」  玉座の間は、割れんばかりの拍手と大歓声に包まれた。  アレスとレリエルは視線を交わし合い、安堵し微笑む。緊張する儀式が終わったことに、互いにほっと、胸をなでおろしたのだった。 ※※※  天使殲滅の一週間後、更地になってしまったカブリアの土地に、老カブリア王、アダルロペス二世が足を踏み入れた。各地に散らばっていた家臣達と、多くのカブリア王国民と共に。  王国中の何もかもを燃やし尽くしてしまったアレスは正直、怒られるんじゃないかとビクビクしていたが、 「よくぞ我らの土地を取り戻してくれた、カブリアの英雄アレスよ」  国王はそう言って、涙ながらに感謝の念を伝えてくれた。家臣達も国民達も、皆一様に感動の涙を流していた。  アレスは胸がいっぱいになった。改めて自分は、成すべき仕事を成し遂げたのだと感じることができた。  国王は、アレスの傍らのレリエルにも感謝を述べてくれた。 「トラエスト帝国の宮廷魔術師、レリエル殿。アレスと共に戦ってくださったと聞きました。本当にありがとう」  レリエルはちょっと決まり悪そうにしながら、ぺこりと頭を下げた。  かつて城があった場所に、早速、テントが張られた。  王国の地図を広げ、国王を中心に家臣たちが、新王国の設計図をああでもないこうでもないと話し合い始める。  ゼロからの再スタートだというのに、皆、希望に満ちた顔をしていた。真面目で勤勉、心根の強いカブリア人だ、この気の遠くなるような再建事業をきっとやり遂げるだろう。そして再び素晴らしい王国を作り上げるだろう。   アレスは感動と共に、一つの真理を知る。  どれほどの厄災が起きようと、土地があり人がいる限り、国は決して滅びないということ。  カブリア王国の歴史は、まだまだ続いていくのだということを。  ちなみに、カブリア王国の再建資金はトラエスト帝国が出してくれる。アレスがジールに「ご褒美」として要求したのだ。  ジールは「アレス君らしいですね」と苦笑しながら、二つ返事で承諾してくれた。同時に「アレス君個人へのご褒美も、ちゃんと考えておいてくださいね」とも言われた。法外な額の報奨金をもらったが、その他に何か要求してもいいらしい。帝国宰相は太っ腹である。 ※※※  カブリア王国の奪還と天使殲滅の報せは、すぐに世界中に知られることとなった。奇跡まで起きた「返剣の儀」の様子も克明に伝えられ、人々は天使殲滅から一ヶ月経ってもお祭りムードに沸いていた。死の霧に潜む天使の存在はそれ程、人々の心に言い知れぬ恐怖をもたらしていたのだ。  天使殲滅から一ヶ月経ち、相変わらずアレスは第四騎士団所属騎士、レリエルは宮廷魔術師としてトラエスト城勤めしていた。「天使捜査任務」は終了したが、レリエルはまだ第四騎士団に出向という形で、アレスと共に働いている。  キュディアスから、 「おお、救世主なのにまだ働いてくれんのか?椅子に座ってるだけでお給料がもらえる美味しい役職もらったんだろ」  などと言われたが、笑って首を横に振った。ジールに「護国聖人」なる大層な肩書きを授けられ、本当にただ帝国騎士団に所属してるだけで破格な給料が発生するのだが、アレスは生涯現役の騎士として働きたかった。  アレスもレリエルも腕っ節が強いので、帝国領内に時折り出没する魔獣等の討伐に行かされることが多い。魔力を持つ獣すなわち魔獣や死霊系モンスターは非常に強い。討伐は本来犠牲を伴う、騎士の任務の中でも最も危険な仕事だ。だが二人はあっさり倒してしまうので重宝がられている。   「死霊傀儡に追われてた時と生活があまり変わらない気がするんだが……」  帝都から北方数十キロの距離にある辺境の農村地帯で、レリエルが苦笑気味にぼやいた。近頃このあたりの村を荒らしていた邪鬼(オーガ)と呼ばれる強力な死霊系モンスター集団をあっという間に伸した後に。  行動範囲が帝都から超広大な帝国領内にまで広がったことで、むしろ前より多忙になっているかもしれない。なお毎度レリエルの転送魔法が役立っている。レリエルは今まで「神域」以外では使えなかった「咒法」をかなり使えるようになっていた。地球での生活が長くなり環境に順応してきたおかげか、あるいはアレスの遺伝子を必要以上に摂取しているせいかもしれないが。 「仕事があるってのはいいことだぞ。でもレリエルは別に働かなくても、家庭を守ってくれていればいいけどな。新居にも引っ越したことだし。家事も好きだろ?」 「いいや、アレスと一緒に戦ってる方が、ヨメっていう感じがする」  とレリエルが幸せを噛み締めるような顔で言った。アレスは指で頭をかく。 「そ、そうか……」  「嫁」の本来の意味は教えたはずなのだが、最初の間違った「ヨメ(仲間)」像がこびりついてしまっているようだ。まあレリエルがこの生活を楽しんでくれているなら、それでいいと思う。カブリア王国が再建した暁にはカブリアの騎士に戻りたいという気持ちは当然あるが、当面は帝都暮らしだろう。 ※※※

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