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第2話 出会い1
「何でこんなことに……」
何が起こったのか飲み込めず、俺は唖然と自分に掛けられた手錠を見る。
手錠なんて今までの人生で実際に見たことはあっても、かけられたのは初めてだ。もう一度、引っ張ったりゆすってみたが取れそうにない。鉄がひんやりして硬くて痛い。
二日酔いも手伝って頭も痛くなってきた。
「っていうか、フィストなんか印象が変わった?……あんな奴だったか?」
俺は、出会った頃のことを思い出す。
**********
フィストと初めて話したのはバディとして指名された時のことだった。実は、フィストというとても優秀な人物が来ると噂が施設に流れていた。
しかし、まさか自分がその相手になると思わなかった。
「初めまして」
そう言って握手してきたフィストの笑顔はお手本のような笑顔で、つられて俺も笑顔になった。
とりあえず、優しそうな相手でホッとしたのを覚えている。
討伐に出ると長い時間一緒にいることになるので、嫌味な奴だったり怒鳴り散らしたりすると空気が最悪になる。だから、辺りが柔らかいというのはバディの相手としては嬉しいことなのだ。
それからすぐ、俺達は慣れるための訓練が始まった。
ディアボルスの討伐にはなによりコンビネーションが大切だ。これが上手くいかないと、二人とも死ぬことになりかねない。
この訓練は、実際に相性を見てコンビとして適正を図る目的があり、これの結果次第では他の人間と交代する事もある。
実際にフィストと訓練をしてみると、前評判通りフィストはとても優秀な兵だった。いい意味で教科書通り動きと手順で、正確で的確だった。
これは案外出来る人間がいなくて、自分なりのやり方だったり癖を作ったりすると、時間が経つと上手くいかなくなっていったりする。
フィストは指示も的確で銃の腕も、今まで組んだことがある者の中では一番上手かった。
教科書通りとというと揶揄したような使い方をされるが、これだけきっちりやるとこんなに強くなれるんだと思い知らされた。
俺は指示通りに動いていれば失敗もなくあっという間に訓練が終わっていく。
他のコンビと競った時も大差で勝った。
「フィスト。凄いですね、こんなに強い方とは思わなかったです」
俺は訓練終わり、着替えながらそう言った。
フィストは少し、照れたように返す。
「ヤンのサポートが良かったんだよ。そのおかげで俺もやりやすかった」
「じゃあ、バディはこのまま継続でいいですか?」
俺としては、このまま続行してくれるとありがたい。フィストなら、どんな相手でも上手く出来るだろうが、俺は次もこんなにやりやすい相手と当たるかは分からない。
「ああ、勿論だよ。これからよろしくな」
そう言ってフィストは最初に会った時と同じく爽やかな笑顔で手を差し出し、俺達はあらためて握手をした。
こうして俺たちは正式にコンビになり、実際にディアボルス討伐に行くことになった。
それから、数日後。
何度も訓練を重ね、実際に討伐に行く準備をしていた。
ちなみに討伐は常に数組のコンビが、数日山に籠りディアボルスを探し討伐をする。討伐期間が終わると戻って他のコンビと交代して森に入る。山には常に何組か兵が入っていて、決められた範囲を捜索していく。だからタイミングによってはディアボルスと出会わないこともある。
討伐出発の前日。俺達は実践に向けて最後の打合せをしていた。
これから向かう山道や地形を調べてスケジュールを立てていく。持っていく食料や銃の量も相談して決めるのだ。
これに関しても、打合せは順調に進んだ。フィストがほぼ完ぺきな計画書を提案をしてくれたので、俺はほとんど口を出す必要もなかった。
頭のいい人間は何をしても上手くやるんだと関心してしまう。
「じゃあ、荷物はこれくらいでいいか?」
「そうですね。ああ、そうだ。季節的に山は急に寒くなったりするから毛布は多めに持って行った方がいいかもしれません」
俺はそう言った。俺が口を出せるのは山に入った経験を元に知っていることを話す事くらいだ。
「なるほど、そうか。じゃあ、毛布をあと二枚ほど増やしておこう、これくらいなそこまで重くはないだろう。これくらいか?」
「はい、俺からは以上ですね」
俺は、地図や荷物リストを纏めながらそう言った。後は荷物を積み込むだけだ。
ディアボルス討伐は危険な事も多いので強い人とバディになれるのは心強い。
今回は運がいいなと思った。フィストはどんな状況でも誠実に答えてくれるし、階級が下の俺の意見も、嫌な顔もせずに聞き入れてくれる。
これはかなり運がいいのだ。
今まで、何人かとバディを組んできたが、体力が物を言うという軍人という職業の所為か単純で短絡的な奴が多く、大きな口を叩くことで強さを誇示しようとする乱暴な奴も多かった。
しかも俺は、比較的小柄なためか舐めてくるやつもいた。
サポート役の俺はそれでも、相手の機嫌を取りつつ我慢をしなくてはならないのだ。
出来るなら、このままずっとフィストとバディを組みたいと思った。
「じゃあ、今日はこれで解散して。明日だな」
「はい。あ、そうだ」
俺はふと思い出して言った。
「うん?なんだ?」
「夜はどうします?ご希望があれば相手できますよ」
俺は少し、声を小さくしながらこそっと言った。
怪物討伐はかなり長い時間山に籠ることになる。簡単に恋人にも娼婦にも会えない、そうすると兵士は性欲をもてあますことになってしまう。
だから、サポート役のほうがそういう夜の相手をすることがある。
勿論、これは公式に決められた役目ではない。推奨はまったくされていないし、ないことになっている。しかし、討伐をしている兵には周知の事実だ。
最初、聞いた時は俺も驚いた。むしろ、なんでそんなことをしなければいけないのかと腹が立った。そもそも、男となんてしたこともないのだ。
しかし、実際に討伐に出てみたら理由が分かった。山はまったく娯楽がない、夜になると寝る以外に何もする事がなく時間を持て余す。
いい歳の男が性欲を持て余さない訳もなく、だからといって近くに恋人や相手をしてくれる娼婦がいるわけでもない。ストレスが溜まり、集中力もなくなる。
「なんのことだ?」
フィストは不思議そうな顔をして聞いた。
俺は、簡単に説明する。
「なんで、そんなことを、わざわざ……」
フィストは話しを聞いた途端顔をしかめた。
「まあ、本能というか……」
俺はもごもごと言う。はっきり言いにくい。
それに、実際に戦って、興奮したり命の危機に瀕すると性欲が高まるのだ。なんでも、自分の種を残そうとする本能なようなものらしい。そんな、状態で我慢は辛いしまた怪物が襲ってくるかもしれない状況で危険だ。これならちょっと片方が我慢して解消してしまった方がいい。命には代えられない。
そんなわけで、総合的に考えた結果相手をした方が効率が良くなる。
それに、山の夜は寒い。俺自身も人肌恋しくなる。最初は痛みもあったが慣れれば気持よくもなった。そんな事もあって、俺は当たり前のこととして受け入れて気にもならなくなった。
だから、フィストにも必要かどうか聞いたのだ。
しかし、それを聞いたフィストはますます、顔をしかめる。
「なんだそれ、まるで娼婦と変わらないじゃないか。気持ち悪い」
「え?い、いや……まあ」
確かにその通りなのだが、ここまで嫌な顔をされると思っていなくて戸惑う。
「もしかして、俺はそういう事をしてくる人間だと思われたのか?」
「え?いや、そ、そういう訳じゃ……」
俺は慌てる。まさかこんなことで責められると思わなかった。
「そういうことだろ?そんな汚らわしい事、俺はしない……」
「も、勿論、そっちに無理強いはしませんよ。必要だったらと思って聞いただけです。したくないなら、このまま聞かなかったことにしてください」
「……そうか」
そうかと言ったものの、フィストはあまり納得した顔じゃなかった。フィストは黙り込み、空気は最悪になる。
そんな最悪の空気になった状態でその日は終わった。
そして翌日、予定通り討伐に向かう。しかし、相変わらず空気は最悪のままだった。
挨拶をしても表情は硬いままで、それ以降は会話も無い。
俺はこっそりため息を吐く。
「失敗した……」
よくよく考えてみれば、フィストが生真面目な人間だと言うことは分かっていたことだ。本人の素質もあるだろうが、真面目で誠実にここまで来たからこそあそこまで強くなれたんだろう。
それなのに、あんなことをいきなり言えば拒否反応を示すのは当然だ。
気を利かせたつもりが最後の最後に失敗した。
森に入って探索を開始したが、フィストと必要な会話以外はなにもなかった
昨日まで、何度か訓練を重ねたおかげか軽く世間話をすることもあったのに、それもまったくなくなったのだ。
明らかに目も合わないし距離を取られているのが分かる。
これは、この討伐が終わったら、バディは解消にしてもらった方がいいかもしれない。
向こうも嫌だろうし、俺もやりにくい。
「本当にあんな事言うんじゃなかったな……」
俺はもう一度ため息を吐いて言った。
夜の相手をするのは、当然になっていたから麻痺していたところもある。むしろ、フィストは見た目も整っているし、むさくるしくてごつい奴とするより断然いいし、楽しみですらあったのだ。
「とりあえず、このままじゃやり難いから、なんとか普通に会話できるくらいには戻りたい……」
森に入って、二日ほど経った。
しかし、変な空気は相変わらず続いていた。幸いだったのは戦闘になればそんな空気は吹き飛び、普通に会話が出来ることだ。
まあ、命が掛かっているのだからそうでなくては困る。
それでも、あの硬い雰囲気よりはディアボルスが出てくれた方がホッとしてしまうのは皮肉でしかない。
一番嫌なのは夜だ。
狭いテントの中で二人っきり、当然距離も近くなる。それなのに、フィストは目を逸らして黙り込む。
周りにはなにもなく痛いほどに静かだ。
俺はサポート役として食事の準備や備品の整備があるものの、それが終わるとなにもする事がなくなる。
一応、なんとか空気を戻したくて、世間話やたわいのない話を振ってはみたが「ああ」とか「そうだな」とか短い返答で終わってしまう。
なんとか眠る時間になればホッと出来るが、これがいつまで続くのかと思うとため息しか出ない。
そして三目の夜の事。
「フィスト、食事ができました」
「ああ。……っ」
出来上がった食事を渡そうとした時、フィストの指が触れた。その途端、フィストを驚いたように身を引いた。そして、顔をしかめる。
「大丈夫ですか?」
食事は落さずにすんだ。フィストは表情が硬いまま。
「ああ、大丈夫だ」
そう言って食事を受け取ると、そのまま、俺から距離を取るように離れて座った。
離れたと言っても狭いテントの中だ。さっきとたいして変わらない。
これは、流石に傷ついた。
「フィスト。あの……話をぶり返すようで申し訳ないんですが、気持ち悪い思いをさせたのは分かりますが。俺は何もしませんし、フィストが何かするなんて思って無いですよ」
俺はたまらずそう言った。これで何か変わるとは思えないが言わずにいられなかった。
フィストは流石に、ちょっと気まずい表情になる。
「それは、分かっている。それでも不快なんだ。男同士でなんて気持ち悪い……」
フィストは顔をしかめて、本当に嫌そうに言った。
「俺だって好きでやってるわけじゃないですよ。気持ちは分かりますから。変にびくつくのやめてくれませんかね」
これは何を言っても無理そうだなと思いつつ、俺はそう言った。
「……わかった。努力はする」
相変わらず顔はしかめていたがフィストはそう言った。
そうして、その日の会話は終了した。
その後は、一応態度はある程度和らいだものの元には戻ることはなかった。
「そこまで嫌なものなのか?……まあ、苦手な事は誰にでもあるし、そんなことをいきなり言われて、近くに意識しなきゃいけないんだから、ある意味気の毒かもな」
俺はそう言って、フィストと関係を修復するのは諦めたのだった。
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