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第13話 追い詰める
「は?」
フィストは俺の言葉に固まった。
驚くのも当然だ。俺もついさっき自覚した。自分でも少し驚いたが口に出してみると、この気持ちは確信に変わった。
最初は、仕事が出来るすごい人だと思った。でも再会して隙が多いし不器用でダメダメで、なんだか放っておけなくなった。
逃げた時、車に轢かれながら追いかけてきたフィストは迷子になった子供みたいに見えた。
それに、意味不明な言動も興味が惹かれる。ちぐはぐで矛盾していて情けなくて、一緒にいて飽きない。
そして、無自覚に可愛いって言ってきたり、嫉妬したような言葉に不覚にも嬉しいと思ってしまった。
「っていうか、こんな面倒臭い人の家、好きじゃなきゃ残らないですよ?」
俺はそう言って、フィストの頬にキスをした。
「っ!!!」
その途端、フィストはびっくりしたように頬に手をあて体を引き、そのまま勢いよく後に下がった。
そしてガツン!という音と共に壁にぶつかり、しゃがんでしまった。
「うわ!フィスト大丈夫?凄い音したけど……」
俺は驚く。明らかに痛そうな音がした。
慌てて駆け寄り、ぶつけた場所を見る。頭をぶつけていたが血は出ていないようだ。
「ヤ、ヤン、ど、どういう……」
フィストは頬に手をあてたまま、真っ赤になってどもる。
「フィスト、本当に大丈夫ですか?」
明らかに普通じゃない。しかし、近づこうとするとフィストはさらに離れてしまう。
でも、壁があるので逃げられない。さらに、意味もないのに体を縮めようとする。
近づくとフィストの顔はさらに真っ赤になった。
「だ、大丈夫だ……」
フィストは聞いたこともないか細い声でなんとか言う。
「なんで、逃げるんですか?流石に傷つくんですけど」
「い、いや逃げているわけでは……」
俺が苦笑しながら言うと、フィストはそう言いながらもジリジリと横歩きしながら俺と距離を取ろうする。
「逃げてるじゃないですか……」
俺はそう言いながら、逃げられない壁に手をつく。逃げ場がなくなってフィストはオロオロする。相変わらず顔は真っ赤だ。
自分より体も力も強いのに怯えられてちょっと面白くなってきた。
「い、いや……これは……」
「俺の事が嫌いになりました?」
「ち、違……そういうことでは……」
少し悲しそうな顔をして言うと、フィストは慌て言う。
「ふふ、可愛い」
慌てる姿に面白くて思わずそう言って今度は唇にキスをする。
「!!!」
「フィスト?」
キスをするとフィストは全身真っ赤になって立ち上がると、俺を押しのけてどこかに行ってしまった。
どうやらベッドルームに逃げ込んだようだ。
「まさか、あんな反応になるとは……」
思ってもいなかった行動に俺は唖然とする。
混乱していたようなので、少し時間を置いてドアをノックした。
「フィスト?大丈夫ですか?」
しかし、返事はなかった。しばらく待ったがなんの反応もない。仕方がない、時間も遅くなってきたので俺は寝ることにした。
「フィスト、今日はもう遅いので寝ますね。おやすみなさい」
俺はそう言って半地下の部屋に戻り、その日は眠った。
「おはようございます」
「あ……お、おはよう……」
翌日、いつも通り朝食を作っていると、フィストがおずおずとキッチンにやってきた。
フィストは昨日より、明らかにおどおどしていて目もウロウロしている。
動揺が酷そうなので、俺はいつも通りの態度で料理を続けることにした。フィストは俺の様子をきにしながらも席に座る。
いつも通りの朝なのに、動揺しまくっているフィストに苦笑しながら作った料理を出す。
「どうぞ、今日はスクランブルエッグです」
そう言ってフィストに近づき、挨拶代わりに頭にキスを落す。
「っ!!ヤ、ヤン!っあ!」
フィストは途端に動揺して顔を真っ赤にさせ、手元にあったコーヒーをこぼした。
「うわ!大丈夫ですか?火傷とかしてません?」
「だ、大丈夫だ。すまない……」
すぐに拭いて、コーヒーを足す。
どうやらからかい過ぎたようだ。
俺は自分の分をテーブルに置いて、向かいに座り食べ始める。
フィストもまだ動揺していたが、なんとか食べ始めた。
「ヤン……昨日のことなんだが……」
しばらく黙って食べていたフィストが、絞り出すように言った。
「昨日?」
「……いや……その……」
フィストはそう言ったが、その後口をパクパクさせたたものの黙ってしまった。
「思い付いたら、言って下さい」
いくら待っても言わないので、俺はニヤニヤしながら。
「……う……分かった」
フィストは目をウロウロさせたあと結局そう言った。
しばらくすると、フィストが仕事に行く時間になる。
「これ、今日のランチです」
「あ、ああ。ありがとう」
いつもと同じセリフなのに、フィストは俺が話しかけるだけで、少しオロオロする。
「いってらっしゃいのキスもしましょうか?」
変な間ができたので、冗談っぽく言ってみる。というかフィストはこの間まで出かけにキスをしてきていた。
「へ?い、いや!……そ、その。あ、い、嫌なわけではないのだが……その……」
フィストは途端に真っ赤になりさらにオロオロして、そのまま後ずさりしながら仕事に出ていった。
「いってらっしゃい」
俺は苦笑しつつそのまま見送った。
なんだかついこの間は新婚夫婦みたいだなと思っていたが、今日は付き合い立てのカップルみたいだ。
いったい俺達の関係は何なのか。
「まあ、なるようにしかならないな……」
焦らなくても時間はある。フィストは混乱しているようだが時間が経てば落ち着くだどろうしそうなったらいくら何でも答えが出るだろう。正直言うと俺もまだ少し混乱している、今更男を好きになるとは思っていなかった。
俺はそう思って、気長にかまえることにした。
そうして、俺達はいつも通り日々が再開する。
いつも通りのと言っても、フィストの態度は相変わらずギクシャクしていた。
俺の事を嫌がっているわけではないようだが、近づいたり触れたりすると真っ赤になって距離を置く。
しかし、そのくせ気を使って離れるとこちらをチラチラ見て、何か話したそうにしている。
会話はあるものの、あの夜の事は触れてこない。
そんな日々を過ごしていた、ある日。
真夜中に何か物音がして目が覚めた。
どうやらどこかのドアが開いたようだ。この家には俺以外にフィストしかいない。
トイレにでも行ったのだろう。
「なんだトイレか……」
そう呟くと、俺はそのまま意識が遠くなって眠ってしまった。
その次の日。
また俺は真夜中に目を覚ました。今回はなんだか喉が渇いて目が覚めてしまったようだ。
仕方なく起き上がりキッチンに向かう。
ベッドサイドの明かりを付けて、目をこすりながら部屋を出る。
「うわ!!」
部屋の外を出てすぐのところに、何故かフィストがいたのだ。しかも膝を抱えて座っている。どうやら寝ていたようだ。
「ん?あ!」
しかも、フィストは俺の声で起きた。
「フィスト、こんなところで何をしてるんですか?」
こんな真夜中にこんなところにいるとは思わなくて、思わず聞く。
「い、いや……こ、これはその……」
フィストはまたオロオロしながら、もごもご言う。
「とりあえず、こんなところで寝たら、風邪引きますよ」
「あ、ああ……」
俺はそう言いながら、フィストを立たせる。フィストはオドオドしながらも素直に立った。
「それで、なんでこんなところにいたんですか?」
「……その、ヤンの事が気になって……」
「それで、なんでここに?声をかけてくれればいいのに……」
「そ、それはそうなんだが……なんて声をかけたらいいか分からなくて……迷っているうちにここに……」
「もしかして、昨日も物音がしてたけど。昨日もここにいたんですか?」
思い出して、そう言うとフィストはみるみる真っ赤になっていく。
「ヤンの事を考えてて、眠れなくて……話そうと思って部屋に行っても、なんだか怖くなって今度は動けなくなるんだ」
「怖いんですか?」
一体何を怖がるのか分からない。聞き返したが、フィスト自身もよくわかっていなさそうで困惑した表情だ。
「こんな事、初めてなんだ……体が動かなくなってしまう……」
フィストは本当に困ったように言う。
「可愛い……」
「え?」
思わず俺は、そう口走ってしまう。フィストは驚いた顔だ。
「だって、体格も力も俺の方が負けてるのに怖いなんて……しかも、それでも俺の事考えてくれてたんでしょ?」
「う、いや……その……」
フィストは困った顔でもごもご言う。
「ちょっと、こっちに来て下さい」
俺はそう言ってフィストの手を掴むと部屋の中に引き込んだ。そして、そのままフィストをベッドに押し倒す。
「え?な、なんだ?う、う、うわ!」
「いや、俺も一応男ですし。溜まってるんですよね」
俺はそう言って唇をペロリと舐めた。違う意味でまた喉が乾いてきた。落ち着くのを待つつもりだったが、フィストの可愛い行動に我慢が出来なくなった。
「た、溜まってるって……」
「俺がフィストのこと好きだって言ったの覚えてないんですか?大丈夫です、痛い事はしませんから」
俺はそう言ってゆっくりと身を屈めた。
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