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第15話 恋愛感情
「どうぞ」
「ありがとう」
フィストが席に着いたので、朝食を出す。まだ、少しぎこちないが気を取り直したようだ。いつもの通りの表情に戻っている。
俺も席に着いて食べ始めた。
「フィスト、昨日はどうでした?」
「ぶは!」
「うわ!大丈夫ですか?」
「げほげほ……な、にが」
フィストはコーヒーを噴き出した。ついこの間も同じような事をした気がする。俺は慌てて布巾を渡す。
「いや、俺は気持ちよかったですけど、フィストはどうだったのかと思って……」
「ど、どうって……」
フィストはまた顔を真っ赤にさせる。
「良かったら、今日もしません?」
「え?きょ、今日も?」
フィストは驚いた顔をしてどもった。
「嫌でしたか?」
「い、いや。嫌というわけでは……」
わざとらしく悲しそうな表情をすると、フィストは慌てたように言い直した。
「本当ですか?じゃあ、今夜も部屋で待ってますね」
「う……あ……ん」
そう言って俺は半ば強引に約束を取り付けた。フィストはもごもごと赤くなりながら曖昧に頷いた。
ちょっと、無理矢理だったかなと思っていると、フィストがポツリと言った。
「ヤンは凄いな……」
「え?何がですか?」
「だって、自分の気持ちがはっきり分かるんだろ?俺は、よくわからないから」
フィストは困まったような、悲しそうな顔で言う。
「俺は、なんでそんなに分からないのかが分からないですよ」
俺は呆れながら言った。
「そう……なのか?」
「っていうか、フィストの行動は完全に俺の事好きなんだと思いますけどね」
「そうなのか……」
フィストはそう言ったが、いまいち納得していなさそうだ。
「そもそも、今まで男が好きでもないのに男同士でセックスしようとしないですし。無理矢理軟禁したり、他の男に触られたら嫉妬したり。明らかに俺の事が好きなんだと思いますけどね」
「……よく分からない」
「分からないって……恋愛感情じたいが分からないってことですか?」
「そうかもしれない……」
フィストは本当に分からないようで、首をかしげつつ言った。
「っていうか、そもそも奥さんと結婚してるじゃないですか。?確か幼馴染ですよね?」
「リリアスか?……そうだ。本当に何も分からない子供の頃からの付き合いで一番の親友だった、親同士も仲が良かった」
フィストは昔を懐かしむように言った。
「そんな昔からなんですね」
「そう、本当に仲が良くて、将来きっと夫婦になるなと言われてた。だから、俺もそうなんだろうと思った」
「そうだと思ったって……」
なんだか他人事のように言うフィストに、俺は眉を顰める。
「……でも、奥さんの事はちゃんと好きだったんですよね?」
「……好き、だったと思う……リリアスとは学生の頃から付き合うようになって、軍に入る前に結婚の約束そしたんだ」
「ちゃんと、段階はあったんですね。じゃあ、奥さんと恋愛的な関係になったんですよね?」
「……どうだろうな……今思うとヤンが今言ったような気持ちになったことがなかった気がする……勿論好きだったが、その気持ちは子供の時と変わってない……」
「でも、おかしくないですか?不思議に思わなかったんですか?」
「何がだ?」
心底不思議そうに聞くフィストに、俺はさらに聞く。
「だって、恋とか愛とかの気持ちって小説でも映画でも分かりやすく語られてるじゃないですか。自分がそれに当てはまらないって気が付かなかったんですか?それとも恋愛小説とか映画は見たことないんですか?」
「いや、少ないが見たことはあるよ。リリアスとデートでも行った。でも、あれは作り物だろ?」
「ええ?い、いや確かにそうですけど……全部が全部嘘でもないですよ」
「そうなのか?ドキドキしたり嫉妬したりは大げさな表現か嘘なんだと思ってた」
「まあ、大袈裟に表現していることは多々あると思いますが……本当のことだってありますよ」
そう言うと、しゅんとして落ち込んだような表情になった。
「あれは嘘の話だから全部を信じたら駄目だって……子供のころ言われて……」
フィストは途方に暮れたような顔で言う。確かに全部を信じてしまうわれても困るから分かるが、それにしても極端だ。
真面目所以だと思うが、教えられた事をそのまま間に受けて信じてしまうのだろうか。
軍ではそれがプラスになっていたが、こと恋愛に関しては裏目に出たという事か。
「そういえば、フィストはどうして軍に入ったんですか?」
話が煮詰まってしまったので、俺は話を少し逸らすために言った。
それに、フィストは常識のあるまともな感覚があると思っていたが、思っていたより変な性格だったようだ。
これは色々聞いてみた方がよさそうだと思った。
「俺の家は代々の軍人一家だったんだ。祖父もそのまた祖父も軍人だった。だから子供のときから、軍人になれと言われていたし俺もそうなると思っていた」
「そんな……勝手に決められて嫌じゃなかったですか?」
そんな風に、将来の事を決められて窮屈じゃないのだろうか?そう思って言ったがフィストは首を横に振った。
「いや……俺は特にそんな風に思っていなかったな……むしろ、何をしたらいいか分かっていた分、今より楽だった気がする……」
フィストは昔を思い出すように言った。
「じゃあ、今は?」
「今は、何をしてもいいのだろうがこの先何をしたらいいか分からなくて困ってる……リリアスとも別れてしまったし……ヤンのことも……自分が何をしたいのか、今後何をしたらいいのかわからない」
フィストはそう言って申し訳なさそうな表情になる。
「フィスト……」
「俺は自分の事が自分でわからない。その上、周りにも迷惑ばかりかけている……本当にすまないと思ってるんだ」
「俺の事は気にしなくていいですよ。少なくとも、今ここにいるのは俺が決めた事ですし。むしろ昨日は無理矢理ベッドに誘ってますしね」
俺がそう言うと、フィストは昨日のことを思いだしたのか少し赤くなった。
「し、しかし」
「時間はありますから、とりあえずゆっくり考えましょう。俺は待ちますから」
「分かった……」
そして、フィストはそのまま考え込んでしまった。そうしているうちにフィストが仕事に行く時間になり、話はそこまでで終わった。
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