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第3話
一瞬の静寂が、永遠にも感じられた。心臓の音がうるさく耳に響く。
「……勘違いさせたならすまないが」
その言い出しで既に、振られることを悟った。
「俺は教師で、お前は生徒だ。俺は生徒のことをそういう目で見たことはないし、今後も一切ない」
「……うん、分かってる」
こうなることは分かっていた。言ってしまったものは仕方がない。無かったことにはならないし、そう出来たところで、この気持ちも無かったことには出来ないのだから。
「俺が……言いたかっただけだから」
それでも、彼に知ってほしかったのだ。千晃 が彼のことを想っているという、ただそれだけを。
「そうか。気持ちは嬉しいが、応えることは出来ない」
「うん、ごめんなさい……聞いてくれてありがとう」
そう割り切ろうとしたが、駄目だった。言いたかっただけなんて嘘だ。自分のことを好きになってほしい、振り向いてほしい、そう思う気持ちが溢れて止まない。教師と生徒だから、ただそれだけのことで、好きになることすらも制限されなければならないのだろうか。
そう思ってしまう自分がとても子供じみていることに気づいて、あまりにも遠い距離に泣きそうになった。たった三年の差が、途方もなく感じられる。あと三年早く生まれていれば、彼を好きになっても許されたのだろうか。
「……先生」
「なんだ」
御園 の目は優しい。傷心の生徒を気遣う教師の眼差しだった。そんな慈しみはいらない。千晃が欲しいのは、そんな優しさじゃない。
「俺、先生のこと、好きでいてもいい?」
決心した。卒業したら告白する。そこでもう一度、彼の本当の気持ちを問う。生徒と教師ではなく、一人の人間として向き合える時が来るまで、彼を想い続ける。決して諦めない。
「……それを駄目だと言う権利は、俺には無いな」
千晃の無謀な宣誓に、御園は困ったように笑った。
一日空けて木曜日の朝、体育館へ到着すると、御園の姿は無かった。
「御園先生は?」
「鍵開けたらすぐ帰ったけど」
審判してほしかったのになー、と西が残念そうにぼやく。出鼻をくじかれて、西と一緒に別の意味で肩を落とした。何となく調子が乗らなくて、今回は負け越した。
活動を終え、例の如く鍵閉めを請け負って職員室へと向かう。ここにもいなかったらどうしようかと思っていたが、流石にそこまで逃げてはいなかった。
「失礼しまーす」
今日の職員室には御園しかいなかった。昼食の買い出しに行ったり、準備室に篭っている先生もいたりするので、タイミングが合うとこういうこともある。
「先生、なんで今日はいてくれなかったの」
鍵を出っ張りに引っ掛けて、彼のデスクへにじり寄る。彼はパソコンと向き合って、こちらをチラリとも見ようとしなかった。
「……仕事が立て込んでたんだ」
「嘘つき。俺に会いたくなかったんでしょ」
「…………自意識過剰だ」
「それはこっちの台詞なんだけど」
敢えて攻撃的に言い返すと、彼はようやく視線をこちらに向けた。表情が薄くてどんな感情なのかまでは分からない。
「俺が気にすると思った? 言ったじゃん、ただ言いたかっただけだって」
御園は黙ってこちらを見ている。手元は完全に静止していた。
「西達が残念がってたよ。先生の審判、皆に評判良かったから。俺のことなんか別に無視してくれても構わないから、来てあげてよ」
「…………分かった」
千晃の説得に、御園は大きく溜息をついた。根負けしたらしい。眉間にグッと皺が寄る。
「俺が悪かった。告白してきた生徒相手に、どう接していいか分からなくて避けたのは事実だ……俺だって人間だからな、そんなこともある」
そこまで認めてしまうとは思わなくて、少し驚いた。眉間を指で揉みながら、御園が体をこちらに向ける。
「悪かった。大人げなかった。次の練習は出てやるから」
「先生……」
どうにか出てきてもらえそうで、ホッと息をつく。あのまま蟠りを放置していたら、きっと以前のように話すことさえ難しくなっていただろう。それだけは嫌だった。
「……お前は、俺と話してて辛くならないのか」
心配そうな目を向けられて、少し心が痛んだ。何も気にされないのもそれはそれでしんどいが、そんなことを訊かれると、振られたという事実を思い出してしまう。だが、彼に意識されているという意味では成功なのかもしれない。それに、
「話してもらえない方がよっぽど辛いよ」
何と引き換えにしてでも、彼と話すあの時間を取り戻したかった。ただの生徒でも構わないから、彼と話をする権利が欲しかった。
「……そうか」
御園は微かに苦笑を浮かべて、何かを思い出しているような遠い目をしていた。物憂げな表情にチリチリと胸が痛む。
「俺、ご飯作らないといけないから帰るね」
「ああ、気をつけて帰れよ」
今日は姉が腹を空かせて待っているから、早く帰らなければならない。まだまだ名残惜しいが、彼に別れを告げて背を向ける。前と違って、今日は背中に視線を感じた、気がした。
土日を挟んで来るのが待ち遠しかった月曜日、体育館へ急ぐと、そこには御園の姿があった。千晃を見ると、いつも通りの無表情で声を掛けてくる。
「おはよう」
「おはようございます」
ストレッチを始めようと目の前を横切った時、千晃以外には聞こえないような声で呟いた。
「練習後、少し残れるか」
「え? あ、うん」
それだけ言ってスコアボードを取りに行った彼に首を傾げる。一体何の用だろうか。彼の方から呼ばれるのは初めてのことで、性懲りも無くドキドキした。彼は千晃のことを、決してそんな目で見ている訳ではないのに。
今日の試合はお互い健闘して、惜しくも僅差で千晃のチームが負けた。彼が見ている前で負けてしまったのがやけに悔しくて、思わず御園の様子を窺う。彼は暑いのかパタパタと手で顔を扇いでいた。千晃が立ち止まって視線を送ると、ゆっくりと瞬きをした。表情からその意図は読めなかった。
「千晃、御園先生と何話してんの?」
「えっ!?」
後ろにいた西からそう訊かれて、思わず飛び跳ねそうになった。
「いいい今?」
「いや、毎回鍵返しに行くじゃん。なんか話してんのかなーと思って」
「あ、ああ、そういうこと……」
目で会話していると言われたのかと思って、何故か妙に焦ってしまった。
「別に、普通だけど……」
「俺、御園先生が普通に話してるとこ想像つかねーんだよなー。あんま生徒と話さないじゃん、あの先生」
確かにそうだ。御園は生徒から嫌われるようなタイプの教師ではないが、特別好かれることもない。女子からの人気は高いが、近寄り難いという印象は男女共に変わらない。彼自身も生徒と積極的に雑談などに興じる方ではないし、授業中に何か日常的な話をしてくる人でもなかった。端的に言うと、私生活や人となりが謎に包まれているのだ。
「……意外と話しやすいよ。ゲームの話とかも出来るし」
損をしている、と思う。本当は優しくて、楽しい人なのに、誰もそれを知らない。千晃だけがそれを知っている。優越感に浸れて良いと思う反面、彼が誰にも評価されないのは、それはそれで面白くなかった。
「いろいろ相談乗ってくれるしさ」
「そうなんだ。なんか意外」
「うん。意外とね」
話しながらチラ、と御園の方を見遣る。彼は千晃と目が合うと小さく首を傾げた。小さく手を振るが、無反応だった。そういう所だと思う。
片付けを終えて、他の部員が帰った後、体育館には御園と千晃だけが残った。広い空間にたった二人きりになると、それだけで非日常感がして少し気分が浮ついた。
「……あれ、先生?」
それで、一体何の用事だろう。辺りを見渡すと、いつの間にか御園の姿が見当たらない。用具庫の扉が開いていた。近寄った途端、タンッと軽やかな音が中から響いてくる。さっきまでずっと聞いていた、ボールの弾む音だ。暗がりから御園がぬっと姿を現して、ボールを一度床で弾ませる。
「見たいと言っていただろう。見せてやる」
彼が呆ける千晃にボールを投げて寄越す。咄嗟にキャッチして、頭の上にハテナを浮かべながら御園の顔を見た。
「えっと……?」
要領を得ない千晃に構わず、御園は無表情のままゴール下につく。シャツの腕を捲り上げて、トントンと靴の爪先で床を叩いた。
「1on1。やらないのか」
「っ、やります!」
ようやく理解した千晃が慌てて走り寄ると、御園は堪えきれなかったように小さく笑った。
ストン、とボールがネットを通って床にバウンドする。その時点で勝敗が確定して、御園が流れるように落ちてきたボールをゴール下で受け止めた。
「はあ、はあ……」
肩で息をしながら、床にへたり込む。結果から言うと、千晃は御園から1点も取れなかった。10点先取のルールだったのだが、予想以上に御園は手強かった。特にディフェンス側の時は手に負えなくて、ドリブル中のスティールがやたらと上手かった。視線の使い方やフェイントなど、小手先の戦い方に異常に長けていて、正に手も足も出なかった。
「流石にスーツは動きにくいな……」
当の本人は、額に浮かんだ汗を手の甲で拭っていた。スーツに室内履きの靴というハンデを背負っていながら、それを感じさせない動きだった。
「先生……高校三年間、ずっとやってたの?」
「ああ。二年からレギュラーだった」
つまり、ベンチがいる程度の規模の部活で、レギュラーを勝ち取っていたということだ。それは、強いに決まっている。ズブの素人の千晃が勝てる訳が無い。
「こんなに上手いなら先に言ってよ〜……」
「それじゃ面白くないだろ」
御園は面白がって薄く笑みを浮かべていた。子供をからかって遊ぶ、悪い大人の笑い方だ。意外とお茶目な所もあるんだな、とキュンとしてしまった。つくづく、惚れた方が負けだということを痛感する。
「久しぶりにやってみると楽しいもんだな」
サッパリとした顔をして、ボールを手で弄ぶ。久々に童心に帰っているようで、楽しそうな様子が可愛かった。
「暑……」
片手で前髪を掻き上げて、白い額が顕になる。それにドキリとする暇もなく、今度はシャツのボタンに手が掛かる。そのまま外し始めて、動揺が止まらない。
(え?え??先生??)
千晃が見ている目の前で白い首筋が、喉仏が、そして黒い首輪が空気に晒される。激しい動悸に襲われると同時に、首輪の存在を直視して頭の片隅で「まだフリーなんだ」とどこか安堵する自分がいた。手で扇ぐ御園を凝視していると、不躾な視線に気づいた彼が目を顰める。
「何見てる」
「えっ、あ、ですよね……」
一瞬誘われているのかと勘違いしかけたが、勿論そんなはずはない。宙を扇ぐ手を止めずに、御園が体の向きを微妙に調節して肌を隠した。
「しかし体育館は蒸し暑いな。職員室に篭っているのも考えものだ」
「良いよね、先生達の部屋はクーラー効いててさ……」
築数十年の校舎に冷房設備など無く、生徒にとってのオアシスは図書室のみだ。今年の夏はなかなかの猛暑で、まだ暑さのピークではないが今日も平年の気温を僅かに上回っていた。
「お前、 バスケ部入らないのか」
ボールを片付けて、体育館を後にする。隣を歩きながら、彼の質問に首を傾げた。
「俺? うーん……先生が入れって言うなら入る」
部活は面倒だから、というだけの理由で無所属を貫いている千晃だが、彼直々にお願いされれば即座に入部する心積もりだ。
「別に入れと言ってるんじゃない。お前無所属だっただろう。あれだけ動けるなら、入るだけ入っておけばいいんじゃないかと思っただけだ」
「……先生、もしかして俺のこと心配してくれてるの?」
「そりゃするだろう。これでも一応担任だぞ」
「……そうだよね」
個人的にではなく、あくまで教師として、生徒のことを案じているだけだ。分かっていても、期待するのを止められない。
「どうせ入るなら先生の部活にしようかな」
「俺はただの顧問だからな。監督じゃないぞ」
「でも監督いないんでしょ? じゃあ先生が面倒見なきゃいけないんじゃないの」
「………………」
食い下がる千秋に呆れたようにはあ、と嘆息する。あからさまに面倒臭そうだ。
「同好会同然だから、楽そうだと思って引き受けたんだがな……」
「本当にやる気ないよね、先生」
「やる気がないんじゃない、手を抜ける所で抜いてるだけだ」
「それ、どう違うの」
話しながら歩いていると、あっという間に職員室に着いてしまった。今日も職員室は空っぽで、鍵を所定の位置に掛けた御園が一人、自分の席に腰掛ける。
「じゃあな。気をつけて帰れよ」
今日はちゃんと、顔を見て見送ってくれるらしい。微妙に乱れた前髪の間から、普段は見えない部分の額が覗いている。動かない千晃に怪訝そうな顔をした。帰りたくない。ぎゅ、と胸が苦しくなる。
「俺、先生のこと好きだよ」
「……そうか。何度も言うようだが、俺は応えられないぞ」
「うん、知ってる」
言ってみただけ。溢れ出した気持ちをそのまま口にして、彼を困らせたくなった。困って欲しかった。彼は普段と変わらず冷静で、一回目の後のように戸惑ってはくれなかった。
「先生、また明日」
「ああ」
背中を向けて職員室の扉を開ける。廊下に出てから振り返ると、彼はまだこちらを見ていた。それだけのことが有り得ないくらいに嬉しくて、到底諦めはつかないだろうことを悟った。
夏の間は、週の半分は彼に会える幸せな日々だった。それも、授業のあった時より二人きりになれる回数が増えて、一緒に過ごす時間が多くなった。鍵を返しに行くまでの道のりは短かったが、その時間が何よりも楽しみだった。御園もそれを察しているのか、わざわざ着いてくる千晃を追い返すような真似はしなかった。
その間、いろいろなことを知った。
「そういえば先生って何歳なの?」
「今年で25だ」
「……えっ!?」
「それはどっちの反応だ……?」
彼がまだ教職3年目であることが発覚したり、
「それ、飼い猫?」
「実家のな」
「猫派なの?」
「……どっちでもいいだろ」
パソコンの待ち受けが実家の愛猫だったり、
「先生っていっつも弁当だよね。自分で作ってるの?」
「ああ。節約にもなるし、栄養も取れるしな」
意外にも自炊が出来ることが分かったり、他にも沢山のことを話した。
そして、夏休み最後の練習日が訪れた。
「あれ、先生その格好」
「……最後だからな」
御園は初めて見るジャージ姿だった。Tシャツの袖から晒された二の腕が眩しい。西が嬉しそうに千晃の服の裾を引っ張る。
「御園先生、経験者なんだってさ! 最後だから、チームに一回ずつ入ってくれるって!」
「へえ」
知っているとは言わなかった。御園が憮然とした表情でこちらを見ている。にこっとはにかむと、口の端を曲げてそっぽを向いてしまった。
一回戦目は敵チームだった。彼自身がシュートを撃つ場面は少なかったし、きっと手加減しているのだろうが、パスはカットされるわ、渾身のシュートをブロックされるわで正直、ムカッとした。ムキになって攻め過ぎた結果、防御が手薄になってかなりの差をつけられて負けた。
「先生強ぇじゃん!」
湧き上がる生徒達に、御園は対処に困ったように苦笑いを浮かべていた。
「よろしくね、先生」
入れ替わってこちらのチームに入った御園に拳を突き出す。いつも通りスルーされるかと思いきや、彼は軽く握った拳を一瞬、コツンと当てた。驚いて目を見開いた千晃に、不敵な笑みを返してコートに入る。言葉は無かったが、千晃の士気は一気に上がった。
試合が始まると、パス回しに徹する彼から幾度もパスを受けた。調子の良い千晃は一度もカットされることなく受け取って、シュートが決まる度に、御園の方を見て得意げな表情をしてみせた。御園はそれを一瞥するだけで何も反応を返さなかったが、それで良かった。
そして試合終盤、点数が拮抗して互いに油断できない状況だった。ボールを持った千晃が前進しようとするが、目の前に立たれて思わず動きを止めてしまった。
(ヤバ、どうしよ……)
もうパスを出すかシュートするかしかない。咄嗟の判断に苦しんだ時、後ろで足音が聞こえた。聞き覚えのあるそれに、反射的に後ろ手でパスを出す。
受け取った相手は御園だった。スリーポイントのラインから、綺麗に放物線を描いて放たれるシュート。ガコン、とボードに当たって、ボールがリングをくぐった。一瞬の沈黙の後、わっと味方が歓声を上げる。思わず御園を見ると、しまったという顔をしていた。
「ナイッシュー先生!」
「すっげえぇ!」
その後は流れを掴んだ千晃達のチームが勢いを上げ、見事に勝利を納めた。試合後、部員達が挙って御園の元に集まる。大勢から質問攻めにされて、御園はやはり、困ったような表情をしていた。
彼が皆に好かれて寂しい半面、誇らしい気持ちもある。そうだ、彼はすごい人なのだ。もっと評価されて然るべき人だ。生徒達と少しは打ち解けられそうで、生意気にも喜んでいた。
「じゃ、またなー!」
「おー、また再来週」
片付けを終え、部員達が次々と帰っていく。次に会うのは再来週、夏休みが明けた日だ。最後の一人を見送って、くるりと後ろを振り返る。
「先生、お疲れ様」
「ああ、お疲れ」
着替えてから鍵を閉めに戻ってきた彼に、労いの言葉を掛ける。
「かっこよかったよ、あのシュート」
「やめてくれ、恥ずかしい」
流れを変えたあのシュートを褒めると、御園は苦々しげに顔を歪めた。あんな風に決めるつもりはなかったらしい。
「お前がパスなんか出すから、体が勝手に動いたんだ」
「てことは俺のお陰ってこと?」
「違う」
体が勝手に動くほど、練習を重ねたのだろうか。若かりし御園がバスケに注いだ熱量を思わされた。そこまでしていたのに、どうして今はやる気が出ないのだろうか。
「先生、どうしてバスケ辞めちゃったの」
聞かれた御園は一瞬口を噤んで、きゅっと唇を結んだ。それだけで、聞いてはならないことを聞いてしまったことに気づいた。考えてみれば当たり前だ。辞めてしまった理由など、前向きな内容であることの方が少ない。
「ご、ごめん、やっぱいい」
「……そうだな。お前は聞かない方がいい」
意味深に付けられた「お前は」の意味を訊ねたかったが、彼からそれ以上聞き出してはいけないと感じて何も言えなかった。
「……じゃあ、また」
「ああ。課題、早く片付けろよ」
「や、やってるし!」
「どうだかな」
「じゃあね! さようなら!」
「……二階堂」
図星を刺されて逃げ帰ろうとした千晃を、御園が呼び止めた。
「何?」
「……ありがとう」
御園は見たことがないような優しい顔をして笑っていて、思わず見惚れてしまう。しかし、感謝される覚えは全くなかった。
「……え、何が?」
「それだけだ。じゃあな」
疑問符を浮かべる千晃に構わず、有耶無耶にしたまま、手を振って送り出される。腑に落ちないまま、職員室を出て学校を後にした。
彼との逢瀬もこれで最後になる。名残惜しい気持ちもあったが、また彼に毎日会える日がやってくると思うとワクワクして、千晃は期待に胸を膨らませていた。
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