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番外編3

あの怒涛の告白劇から一ヶ月経ち、いよいよ待ちに待った初めてのデートの日が来た。千晃(ちあき)は晴れて高校を卒業し、ようやく表立って栄司(えいし)の隣を歩けるようになったのだ。 (楽しみ過ぎて眠れなかった……) やや睡眠不足気味の目を擦りながら、携帯をチェックする。千晃は既に待ち合わせ場所に着いたのだが、早く着きすぎてしまった。ちなみに、本来の待ち合わせ時間は30分後だ。 (楽しみだなぁ、先生の私服姿) 高校時代は常にスーツで、まともに彼の私服姿を見たことがない。一目見ただけでは分からないかもしれないな、と考えていた所に、メッセージが届いた。 『今着いた』 (早っ) 人のことを言えないが、だいぶ早い。彼も楽しみにしてくれていたのだろうか、と考えると心が躍った。 『ゆっくりでいいぞ』 『俺ももう着いてるから大丈夫  今どこ?』 『柱の前にいる』 千晃がいるのもちょうどその辺りだ。携帯から顔を上げて周囲を見渡すと、ふと覚えのある匂いが鼻先を掠めた。匂いのした方に顔を向ける。 (あ、いた……) 栄司が、携帯を片手に立っていた。人混みの中に紛れていてもよく分かる。「栄司さん」と呼び慣れない名前を呼ぶと、パッとこちらを向いた。つかつかと歩み寄ってくる姿が、見慣れない私服姿でドキドキした。 「悪いな、待たせたか」 「ううん、俺も今来た所だから」 うわ、恋人っぽい。感動する千晃を余所に、栄司がじっと千晃の顔を見つめる。 「……ど、どうしたの?」 「いや。やはり実感が湧かなくてな」 「そ、そう……?」 居心地悪そうにしている栄司とは逆に、千晃の方は絶賛、恋人らしさを噛み締めている所だ。 栄司の私服姿は、予想していたよりも格好良くてかなり驚きだった。薄手の白いタートルネックに、濃紺のチェスターコートを合わせて、黒い細身のパンツで上品にまとめている。職場と似たような革靴なのは、彼の拘りらしかった。千晃も滅多に着ない襟付きのシャツに、いつ買ったか思い出せないジャケットを引っ張り出して背伸びしてみたが、到底敵わない。 「せん、栄司さん、めっちゃオシャレじゃん……」 「そうか? ありがとう。お前はそれ、普段から着てないだろ」 「な、なんで分かるの」 「何となく。いいと思うぞ、子供が精一杯大人ぶってる感じで」 「うぐぐぐ……」 何も言い返せない千晃を可笑しそうに見ながら、携帯に何かを打ち込む栄司。それに突っ込む前に、彼は顔を上げて携帯をポケットにしまい込んだ。 「よし、行くか」 「う、うん」 そうして二人、街の中に歩き出した。 誰かと映画を観るのは久しぶりだった。観たい物があるから、と事前に聞かされていたので調べてみると、昔から続いている洋画の最終章だった。シリーズ初見でも大丈夫なのか、と問うと「毎回話は繋がってないから大丈夫だろう」と返ってきた。彼が言うのならそうなのだろう。 「ポップコーンいるか?」 「あ、食べたい」 キャラメル味は外せない。栄司は「邪道だな」と言いながらも、千晃の要望通りに注文してくれた。千晃はそれとアイスティー、栄司は相変わらずアイスコーヒーだった。 座席に座り、しばらくすると映画の上映が始まる。栄司は字幕派らしかった。主役こそ見たことのある顔だったものの、それ以外の俳優も監督の名前も、あまり目にしたことはなかった。 (……おお、迫力すごい) 素手の格闘アクションが、俳優の演技やカメラワークと合わさって迫力満点だった。ポップコーンを食べるのも忘れて、食い入るようにスクリーンを見つめる。それが終わると、今度は推理パートのようなものが挟まった。アクションとミステリーを混ぜたような作品らしい。 少し画面が単調になって、チラリと御園の方を覗き見る。彼は真剣な目で画面を見つめていた。きっと登場人物と一緒に推理を楽しんでいるのだろう。視線を気取られないように、ゆっくりと前を向いた。 トントンと展開が進み、いよいよクライマックスと思しきシーンに差し掛かる。ラストシーンは、主役の女性が瓦礫の中から、何者かに助け起こされる所で終わった。意味ありげにペンダントが光っていたが、もしかすると何かの伏線だったのかもしれない。 洋画特有の長いエンドロールが流れ始める。意外と面白かったな、と横を向いてギョッとした。気のせいでなければ、栄司の目元で何か光っていた、ような。 (……そんな感動的なシーンだったのかな、あれ) 千晃にはチンプンカンプンだったが、栄司には分かったのかもしれない。何も触れないのが優しさかと思って、何も言わずにおいた。 「……話、分かったか」 「うん。面白かった」 「そうか。なら良かった」 劇場を出ながら、感想を話し合う。栄司はやはりストーリー面を重視していたらしく、話の構成だとか、心情描写だとかを語っていた。楽しそうで可愛かった。 「最後のあれって、何かの伏線だったの?」 「ああ、あれな」 栄司が殊更嬉しそうに笑みを深める。 「あれは監督の遊び心みたいなものでな、毎回、別のシリーズ作品から少しの要素を組み込むんだ。分かる人には分かる程度にな。今回は最初の作品で死んだと思われていたキャラが出てきて、あのペンダントで主人公を助けたのが彼だと分かったって訳だ」 「へえ、そうだったんだ」 「……最初の作品は、俺の中でも特に思い入れのある映画なんだ。初めて映画館で観たのもその作品だった。それがこうして終わりを迎えると思うと、少し来るものがあったな」 栄司が寂しそうに笑う。彼が泣いていたのは、それが理由だったのだろう。恐らく青春時代の思い出だったシリーズものが、こうして大団円で完結したとなると、確かに感慨深いのかもしれない。彼の思い出に触れられて、少し嬉しかった。 「……まだ時間あるな」 映画館を出たところで、栄司がぽつりと零す。確かに、解散するにはまだ惜しい時間帯だ。 「今からうち、来るか」 「へ」 思いもかけぬ提案に、空気の抜けるような音が口から漏れた。ばくばくと心臓が音を立てる。 「…………いいの?」 栄司は短く「ああ」と無表情で頷いた。 家に上がり込んだ途端、あの果実に似た匂いがふわっと広がって目眩がしそうだった。 (栄司さんの家だぁ……) 予想通りシンプルな、いかにも機能性重視といった調度品の数々を横目に、リビングに入る。ソファに座るよう促されて、カチコチに緊張しながら腰を下ろした。 (あ、ゲーム置いてある) 最新型のゲーム機が戸棚にしまってあるのを見て、少し肩の力が抜けた。お茶を運んできた栄司が、千晃を見て口の端を緩める。 「何をそんなに緊張してるんだ」 「いやいやいや、するでしょ」 恋人の家に上げられて緊張しない人間が、この世に存在するとでも言うのだろうか。確かに、栄司はあまり緊張しなさそうだ。ぽす、と隣に腰を下ろした栄司の距離がいつになく近い。足が触れそうだ。 (恋人の距離……!) いちいち反応してしまうのが情けない。テレビのリモコンが目の前にあったが、栄司がそれを手に取ることはなかった。 「だいぶ歩いたが、疲れなかったか」 「うん、俺は大丈夫。栄司さんは?」 「俺は仕事で慣れてるからな。これくらいどうってことない」 「そっか」 会話の切れ目に、栄司が携帯をちらりと見る。今日はちょくちょく携帯を気にしていたような気がするが、一体何だろう。ソシャゲの通知とかだったら、ちょっと文句を言いたい。 「13回」 「え?」 「何の回数だと思う。当ててみろ」 急に問題を出された。しかもヒントが異様に少ない。今日のうちの何かだとは思うが、全く見当がつかなかった。 「え〜……俺が栄司さんのこと見た回数」 「そんなに少ない訳ないだろ」 「うん、そうだね……あ、俺が栄司さんを呼んだ回数」 「惜しいな」 「えぇ? じゃあ、栄司さんが俺を呼んだ回数」 「違うな」 それ以上は考えても思いつかなかった。悩む千晃の肩に、そっと彼の手が触れた。そっと耳元で低い声が囁く。 「正解は」 ざわ、と項の毛が逆立つ。固まってしまった千晃の顎に指先が下りて、くいっと栄司の方を向かされた。彼は色っぽく笑っていた。 「お前が俺のことを『先生』と呼びかけた回数だ」 あ、なるほど。納得すると同時に、唇を柔らかい物が掠めた。頭が追いつくよりも先に、ちゅっと再び唇が軽く触れる。 「へ、ぇ」 「ペナルティだな。あと11回分」 「じゅういっかい……??」 そんな回数、一気にされたら心臓が持たない。待ったを掛ける暇もなく、栄司の攻撃は続く。 「ん、ちょ、ぅ」 「ん? ふふ」 「ん、ま、待って待って待って」 「待たない」 身体が勝手に逃げを打つせいで、気づけばソファに押し倒されていた。逃げ場を失って、栄司の肩にギュッと縋り付く。彼は楽しそうに笑って、キスを落とし続けた。そして13回目が終わる頃には、千晃の頭は沸騰寸前になっていた。 「とけちゃう……」 「ふ、っはは」 声を上げて笑った彼が、また千晃の顔に影を落とす。「それ14回目じゃん」と抗議しようと開いた口の隙間から、舌が割り込んで入ってきた。思わずビクリと身体が跳ねる。 (わ、お、大人のキスだ……!) 優しく舌を絡め取られて、恐る恐る舌を動かすと、褒めるように舌先で擦られた。気持ち良さに頭がクラクラして、喉奥から勝手に変な声が漏れた。 「ん、ふ」 「……こういうキス、したことないのか」 「したことない……」 「…………」 栄司の情欲に火がついたのが、手に取るように分かった。クチュ、とわざと音が鳴るように動かされて耳がゾワゾワした。耳の穴を指で塞がれて、水音が頭の中で反響する。カクッと腰が動いたのがバレて、やんわりと手を這わされた。クスリと栄司が笑みを深める。 「若いな」 「え、栄司さんがエッチなキスしてくるからじゃん……」 キスだけで、ジーンズ越しにも分かるほど勃起していた。栄司が慣れた手つきでジッパーに手を掛ける。 「……するの?」 「最後まではしない」 狼狽える千晃に構わず、下着の中からいきり立った物を取り出す。さわ、とひと撫でされただけで変な汗がぶわっと噴き出てきた。 「ま、ちょっと待って」 「なんだ」 「……俺も触りたい」 さっきから千晃ばかり攻められていて面白くない。彼の余裕を崩してみたい。彼は少し考えて、千晃の手を引いて体勢を入れ替えた。今度は、千晃が栄司を押し倒す形になる。上から見た栄司は、よりいっそう綺麗に見えた。 「ここ……触っていい?」 胸板に手のひらを置いて尋ねる。栄司は「好きにしろ」と言って手の動きを再開した。触らせる気がまるで無い。負けじとタートルネックをたくし上げて、彼の胸元を晒した。 (うわ、白……) 肌は白いが、スポーツをやっていた人間の身体だった。腹筋が適度についていて、胸筋も押すと弾力があって押し返してくる。バスケをしていない今も、まだ鍛えているのだろうか。 そう感慨に耽っている余裕も無く、早く攻めないとこちらの余裕がなくなってしまう。ぬる、と出てきた先走りを絡められて、いよいよ息が上がってきた。 小さな頂きに指を触れさせて、すりすりと優しく撫でる。しばらくそれを続けていると、ゆるく芯を持ち始めた。カリッと爪の先で優しく引っ掻くと、腰がピクリと跳ねた。 「気持ちいい?」 「…………バカ」 千晃が問いかけると、悩ましげに眉を顰めて視線を逸らす。否定しないということは、つまりそういうことだ。優しく優しく、引っ掻いたり摘んだりを繰り返していると、栄司の手の動きが弱まっていることに気づく。 (……気持ちいいんだ) ぶわっと顔が熱くなる。他の誰でもない千晃の手で、あの栄司が感じている。夢に何度も見た光景だった。 興奮をそのままに、触っていない方に舌先を這わせる。頭の上で栄司が息を呑んだ。 「あ、ふ……っ」 (声、かわいい……) 話し声より幾分高い声が、栄司の口から零れ落ちた。慌てて唇を噛んだのを見て、俄然やる気が出てくる。 「んん、んぅ……ん」 一心不乱に栄司の胸を虐め続けているうち、いつの間にか彼の手の動きは止まっていた。 「声、出していいよ」 「……や、だ」 「なんで、電話の時はいっぱい聞かせてくれたじゃん」 「言うな、クソ」 じゅう、と強めに吸うと腰が浮き上がってくる。形の浮いたそこをなぞると、栄司の手が伸びてきて千晃の手の甲に重なった。 「早く……」 吐息混じりの掠れた声が、頭の中に直接響くようだった。持て余した熱を手のひらに押しつけられて、言われるがままにパンツと下着をずり下ろした。 (…………????) つるりとした素肌が顕になって、頭が混乱した。試しに触ってみても、しっとりと熱を持った皮膚が吸い付いてくるだけで、そこに普通はあるはずの物が無い。事態を咄嗟に飲み込めなくて、栄司の顔を見つめ返す。彼は少し気まずそうに目を眇めていた。 「……引いたか」 「いや、あの……生まれつき?」 「脱毛した」 「なんで???」 「無い方が楽だろ、色々」 色々、に込められた真意を問い質したい。視覚の暴力に頭が追いつかないまま、栄司の性器を握り込んだ。緩く動かすと、栄司も思い出したように手の動きを再開する。 「は……栄司さん、本当にえっちだよね、そういう所」 「……どんな所だ」 「電話でエッチな声聞かせてきたり、しやすいからって毛無くしちゃったり……」 「ん……嫌いか、そういうの」 「んーん、大好き」 恋人がエッチで何がいけないと言うのか。吐息に上擦った声が混じり始めて、栄司が誤魔化すように顔を寄せて口付けを強請ってくる。可愛いので素直に応えた。 「ん、ふ……キスするの、好き?」 「……ん、好き」 甘い響きに頭の芯がピリピリと痺れた。無我夢中で舌を絡め合うと、溶け合ってしまいそうなほどに心地良い。溢れた唾液がつうっと栄司の口の端を伝った。 「んぁ、は、千晃」 「っ、ん?」 不意に名前を呼ばれてドキッとする。栄司は千晃の肩口に額を押し付けて、触っていない方の手でシャツの背中をぎゅうっと握り締めた。はあ、と熱い息が吐き出される。 「も、いく」 「ッ……うん、いいよ」 手の動きを速めてやると、喉の奥の方から堪え切れなかったような唸り声が聞こえた。達する瞬間の表情は見えなかったが、全て出し切って脱力した後の、蕩けきった顔は拝むことが出来た。遠くを見ていた瞳が、千晃の視線を捉えてハッと口を閉じる。耳の縁が赤い。 「気持ちよかった?」 「分かる、だろ……」 「うん。ね、俺も限界」 続きを急かすと、栄司の手がぬるりと滑って千晃を責め立てる。カクッと腰が揺れて、吐息が漏れる口元を栄司の肩に埋めた。にちゃ、と下の方から粘着質な音が聞こえてくる。 「すごく濡れてる」 「ん、きもちぃ」 「……可愛いやつ」 栄司が思わず、といった調子でぽつりと漏らした。愛おしさを多分に含んだ声音に、快感が加速していく。 「は、あ、せんせ、出る」 「っ……」 ビクビクと身体を震わせて、彼の手のひらに精を吐き出した。余韻に浸っていると、栄司がトントンと肩を叩く。顔を上げると、唇に噛みつくようにキスをされた。 「ん、ん……」 「ふ、はぁ、っん」 酸素が足りなくなるほど求め合って、唇を離した時には栄司の唇がぽってりと腫れていた。手についた精液をティッシュで拭って、手を洗いに洗面所へ歩いていく。 「……栄司さん、キスするのめっちゃ好きだよね」 「…………悪いか」 「ううん、かわいい」 バカ、とふくらはぎを蹴られる。こんなにお堅い雰囲気を出しておいて、実はキスをするのが大好きだなどと誰が思うだろう。 「お前、また『先生』って呼んだだろう」 「あ。ごめん」 夢中になっていて気づかなかった。栄司が苦い顔で嘆息する。 「勘弁しろ。最中に『先生』なんて呼ばれたら、罪悪感でどうにかなりそうだ」 罪悪感でどうにかなる栄司。それはかなり――えっちなのでは。 「…………先生のえっち」 「こら」 全く怒っていない口調で怒られて、少しくすぐったかった。

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