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一年のちに
あれから一年が経ちました。今年の夏もスタンは、祖母の農場に行くのです。この一年間、ジャッキーの事を忘れた事はありません――と言えば、嘘になります。何故ならスタンは、悪友が主催するパーティで、一夜の火遊びを楽しんでいたからです。
でも祖母の農場に行く季節になってからは、毎晩のようにジャッキーの白い太ももを思い出していました。
農場に着くと、一休みもせずにスタンは、去年ジャッキーを見かけた河原に下りていきました。そこには先客がいて、ハンチングを目深に被った青年が、大きな岩に腰掛けて、グレイルと楽しそうにお喋りをしているのでした。
スタンは焦ります。グレイルにボーイフレンドが出来たという事は、ジャッキーにも、あるいは。
「やあ」
スタンは、二人に声を掛けました。驚いている二人に警戒心を抱かれないよう、スタンは笑って自己紹介を済ませます。
「俺はスタン。ロンドンに住んでるけど、夏休みに、婆ちゃんの農場に毎年来てるんだ」
「あら……」
グレイルは、スタンの洗練された都会的な出で立ちと輝くブロンドを見て、少し頬を赤らめました。
「アタシは、グレイルよ。夏休みはいつまで?」
「一ヶ月だ。まるまるこっちに身を寄せる。よろしくな」
「よろしくね」
そしてスタンは、青年の方にも視線を動かしました。正直、グレイルのボーイフレンドに興味はありませんでしたが、ジャッキーの事をいきなり訊くのも不躾なような気がしていました。
「俺は、ジャック。昨日成人したんだ。よろしく」
そう言って青年は、ハンチングを取りました。そこに現れたのは、ジャッキーそのひとの、ブラウンの短髪と桜色の頬でした。本当なら『おめでとう』と返すのが礼儀だったでしょうが、スタンは混乱して言葉を失ってしまいました。
「……? どうしたんだ、スタン。俺の顔に何か付いてるか?」
たっぷり十秒は見詰めてしまっていると、ジャックが不思議そうな声を出します。
「あ……実は、去年もここには来たんだ。ジャッキーっていう妹は居るか?」
その言葉を聞くと、ジャックとグレイルは顔を見合わせ、嗚呼、と吐息をもらしました。
「ジャッキーは、俺だよ。この地方では男児の死亡率が高いから、死神の目を誤魔化す為に、成人するまで女として育てられるんだ」
「そんな……」
「田舎ならではの迷信さ。だからドレスとおさらば出来て、せいせいしてるところ」
スタンは、自分の中に生まれた奇妙な感情に名前を付ける事が出来ず、困惑して立ち尽くしていました。
「で? 俺に何か用?」
ジャッキーがジャックだったと知らされたのに、愛しい気持ちは消えるどころか、道ならぬ恋に余計燃え上がっているのでした。
「恋人は居るか? 付き合って欲しい」
二人は目を丸くして、その告白を聞いていました。
「……だから、俺、男だよ」
「構わねぇ。惚れちまったんだ、仕方ねぇ」
ジャックは僅かにムッとして、細い眉根を寄せました。
「仕方ないって何だよ。君は、男でも女でも、何でもいいのか?」
「違う。その逆だ。ジャッキーがジャックだったとしても、もうお前以外を考えられないって意味だ」
スタンは、パーティでは出した事もない真摯な声で、ジャックを口説いているのでした。その真剣さに驚いていたジャックでしたが、愛を告白する正式な形として片膝を着くスタンを、慌てて両手を振って立ち上がらせました。
「スタン、よしてくれ!」
「返事は、よく考えてからでいい。また明日、ここで逢おう」
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