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第13話
「次、葉月、岩井、落葉」
落葉、自分だ
何十分か何時間かわからないほどの時間が経っていて、お風呂に浸かったのに足は棒のようになっていた。
入っていったものは帰っては来ず、中からも音は聞こえない。
ブラックボックスに足を踏み入れることに足元から恐怖が湧きたつが、執事の刺すような視線からは逃れられずゆっくりと足を踏み出す。
扉が開くと、そこから大広間になっていて目の前に三つのドアがあった。
三人が入ると後ろの扉が閉じる音が聞こえた。
ドアには液晶みたいなのがついていてそれに名前が表示されている僕達は互いに目を合わせてそれぞれの部屋に足を運ぶ。
もう逃げられない、そう誰もが確信してすでに絶望の色を浮かべている。
中に入ると先ほど青年が高級そうな椅子に座って足を組んでいた。
「ドアはノックするものだよ、まぁ良いかそんなこと、とりあえず座って言葉は話さないでね」
彼に言われるままその場に正座した。彼は僕をじっと見てやがて微笑んだ。
「…うん、やっぱり君は良いね。名前は?」
「落葉 春木(らくよう はるき)です。」
「じゃあハルでいいや。これからはハルって名乗りなよそれがこれからの名前」
そんなことを言われても12歳の頭ではとっさには理解できずにいると、机を蹴る音が部屋に響いた
「返事」
「…はい」
「君は僕に忠誠を誓う?」
「…はい」
「ふーん、じゃあハル、さっき君の洋服に包んであったもの、これは何?」
ぴらりと取り出したのは母に渡された、家族写真
「それは・・・写真です」
「写っているものを答えて」
「家族です」
「そうだったものだね、けど君に家族はもう必要ない。だから自分で破って」
ひらりと投げられた写真が宙をまって、目の前に落ちる
「えっ」
「早く、ほら忠誠を誓うんでしょ?君は奴隷だ。無駄な感情は必要ない
家族なんていらないものは捨てなきゃ。
使わなくなったものは捨てなきゃ」
写真に手を伸ばして両の手でそれをもった。
手が震える
「ほら、早く」
優しい声色なのに、耳にまとわりつく
目を瞑って、先ほど撃たれた少年の姿を思い浮かべた。
あぁはなりたくない。怖いのはもともと苦手だし、痛いのも嫌いだ
目をぎゅっと瞑り写真の両端を持つ指に力を込める
これだけは持ってて!
咄嗟に母の泣きじゃくる顔、目を開ける瞬間思い浮かんだのは妹が生まれたときの重さだった。
写真を床にそっと置いて、頭を床に擦り付ける
「破れないの?」
「すみません、それだけはできません。
母が、お母さんが泣いた顔が頭にちらついて…妹が生まれた時の重さが、破れません
これは約束したから、忘れないでって。
と、父さんとも約束したんです、守るって!
だから、僕が家族を忘れたら守ってないのと同じになるんです。
や、約束は覚えてて意味があるものだから…ごめんなさい。それだけは、出来ないです。」
詰まりながらも、最後まで言い切る。
後のことは一切考えていなかった。
「守るって、本当にそれだけの価値があるものかなぁ?
君を売ったのは母親なのに」
「…え?」
「家族を守る、それは素晴らしい考えだ。
君は本心で言っている、それは聞いていてわかるし僕は君みたいな子は凄く好みだ
けど、頭が悪いのは宜しくないかなぁ。
親が、借金の完済のために本当に君を売りに出さないと本気で信じているなんて。
大人は汚いことだって平気でする。
ましてや君の家には可愛い娘が居たんだろう?それなら、平気で君を売るさ。
実際そうだったしね。証拠だってある」
と、ボイスレコーダーを取り出された
『本当…ですか?』
『あぁ、こちらにあなたの息子さんを渡せば借金は無かったことにして良い。
それどころか、これからの生活の保証もするし娘さんが自立なさるまでの金は無償で提供しよう。こちらにはあのこだけで十二分に利益が入るからね
どうです?息子さんを手放すだけで安泰が手に入るんですよ?もう嫌でしょ?毎晩悪夢にうなされるのは』
『………わかったわ、…あの子を…手放します。』
レコーダーから流れてきたのは確かに母の声に似ていた。
母は随分憔悴しきっていたし、もしかしたら本当かもしれない。
「君の家だけじゃない、他だってそうしてる。
誰だって我身が可愛いからね、子供なんてただの担保、邪魔なお荷物
可哀想だね、勝手に産んで恵まれた生活を送ることも出来ず、売られて。
普通親なら自分を売ってでも子を守るとか言われているけれど、現実はこれだ。
そんな大人なんて捨てて良いんだ。
誰も君を責めない、責められるべきじゃない寧ろ歓迎だってする」
目の前に置いた写真を見る、笑顔で写る家族、最近はもうこんな顔を見ることは無かった。
借金にまみれて毎日怒鳴り込みにくる借金取りに僕達に気づかれないようにすすり泣いていた母の声、毎晩のように泣く妹。
そう言えば一度だけ、抜け殻のようになった母が月夜に照らされて漏らしていたことがあった
『ごめんね、ごめんねぇ…不甲斐ないお母さんでっごめんね…ごめんなさい。
……もう、無理…消えたい…逃げたいなぁ』
疲れきった母は自分を売りにだしたのか?
母がそんなことする筈ない。でも、今流れてきた音声は母だと信じてしまった自分がいる。
「君は最高の待遇で迎え入れる事を約束しよう
僕のお世話係をさせてあげるし、君を守る。
飯は1日2食付きだ。
他の子は食わせて貰えるかも怪しいんだよ?
大丈夫僕は約束を破るのは大嫌いだからね。
そんな母親を見捨てるだけで君は人生を約束される良い条件だけどな」
写真をまた掴んだ、指ががたがた震える。
少しでも力を入れれば簡単に破ける状態だ。
暫くの沈黙があった。
「…それでも破れません、もしそうだったとしても僕には母を責めることは出来ない。」
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