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第5話

研修医とは忙しいもので、今日は夜勤をベテラン医師と任されている。 夜勤のナース達が物書きをしている奥の席で俺も症例の資料を読んでいた。 「今日は何も無いといいな」 「ええ。そうですね。それで…“大先生”はこんなところに居ていいんですか?」 「大先生とは大袈裟な。私は久々に現場に出て優秀な研修医に指導しようとしたまでだよ」 「ナースの方々が恐縮してしまうので一度お部屋に戻られてはいかがですか?」 俺に声をかけて来たのは、今俺が研修をしている病院の院長である如月院長だ。 カイと同じ名字なのだが、それもその筈如月院長はカイの父親でここの院長をしている。 カイへは辛く当たっているが、多分それはカイの見た目も起因しているだろうことは容易に想像できた。 医者と言っても全員が聖人君主とはいかない。 如月院長は大変外面を気にする傾向にある。 見た目が他と違うカイを冷遇していても不思議ではない。 個人的にはカイを実験動物や研究対象にしていないところが抜けてるというか、目先の感情に支配され過ぎというか。 俺はしっしっと手を振った。 それなのに如月院長は嬉しそうに院長室に帰っていった。 周りからは如月院長が消えてしばらくではぁと大きな溜め息が聞こえてナースの方々が緊張したとか何しに来たんだろうねとか話し合っている。 「お疲れ様だったね」 夜勤が終わって帰る準備をしていると医局の奥のロッカールームで如月院長が待っていた。 この人は暇なんだろうかと思ったが何とか溜め息を堪えた俺はえらいのでカイに誉めて欲しい気分だ。 俺は如月院長を無視して自分に宛がわれたロッカーで私服に着替える。 本来研修医の籍はまだ医大にあり、学生なので夜勤ではなく当直の筈なのにこっそりと処置などをさせてもらえている。 この後もある意味仕事があるので給料は弾んで欲しいものだ。 「終わるの待ってたんですか?」 「君と楽しみたくてね」 「ここではやめてくださいね」 「うちでの研修もあと少しだろう?少し位いいじゃないか」 俺がパタンとロッカーを閉じると、如月院長が俺の後ろに立って腰を抱いてくる。 散々ナースにも手を出してるし、夜の店で蝶達にも手を出しているのに俺へ触手を伸ばしてくるなんてお盛んな事だ。 本来如月病院には研修の実績が無かったのだが、院長のゴリ押しなのか何なのかクラスで成績の一番良かった俺が一番に送り込まれた。 医大に付属の大学病院にはない診療科への研修の幅を拡げようという試みとは言っているが、院長が俺を呼びたかっただけと内心では思っている。 現にこの病院で研修期間が終われば、俺は大学病院の別の診療科での研修が待っていた。 何故こんなに気に入られているのかは分からないが、夫婦揃って同じ男に入れあげるとは仲のよろしい事で。 「学会とかはいいんですか?そろそろ時期ですよね?」 「今回は会場が近いから何も問題はないさ。当日運転手が運転する車で行くだけさ」 「そうですか」 そろそろ学会の時期だろうに、この人の頭の中は今は別の事で頭がいっぱいな様だ。 仕方がないので俺は紗子さんが買い与えてくれたバッグを肩からかけて院長へ腰を抱かれたままロッカールームを出ようと思ったが、そこは流石にわきまえているのか肩に腕をまわしてきた。 それでも研修医と院長の距離感ではないが、ナースの方々の手前この人も配慮したのだろう。 一応形式的には大事な大事な長男の親友なのだから多少距離が近くても変には思われないはずだ。 まぁどう思われようとどうでもいいのだが。 「それで?」 「も、もっと強く縛ってくれないか?」 「院長も本当に変わり者ですねぇ」 病院の裏口から出て、表のロータリーで待機している適当なタクシーへ乗り込む。 行き先は院長が病院近くに借りている高級マンションだ。 自宅へはあまり帰らずそのマンションで女性達や俺と逢い引きをしているらしい。 しかし最近ではもっぱら俺とばかり会っていると言っていた。 俺は金さえくれればいいのでどうでもいい。 部屋に入るなり俺の前に跪いて子犬の様に鼻から甘い声を出すのでワックスできっちり撫で付けられている髪をぐしゃぐしゃと乱してやる。 スラックスの上から股間のにおいを嗅いできたので膝を軽く蹴った。 名残惜しそうに俺の股間から顔をあげたので俺は気にせず部屋の中へ進む。 リビングには大きな革張りのソファーがあり、俺はそこへどかりと座ると後から追って来た院長が真っ赤な縄を持って俺の前へ座る。 自分を縛る様に懇願してきたので、無言で院長をしばりあげているともっと強くとおねだりされるが俺は呆れてしまう。 女性達へは、自分はできる男なのだというアピールをしていたであろうに年下の、しかも自分が可愛がっている息子の親友へ緊縛を懇願しているのだから始末におえない。 「それで?どうされたいんですか?」 ご希望通り強く縛ってやると、恍惚の表情を浮かべ俺を熱っぽい目線で見上げてくる。 俺は大きく溜め息をついて自分で縛り上げた男を見下ろす。 院長はまるで餌を目の前に待てと言われている犬のような期待に満ちた顔をしている。 まぁ紗子さんに比べると楽な物だ。 少し言葉と行動で支配してからおもちゃで遊んでやると情けない声をあげて絶頂するのでここまでくると接待にも近い気がする。 紗子さんの場合は本人のご機嫌取りまで含めてだが、あっちも接待と言えば接待だなとどうでも良いことに気が付いてしまった。 俺は朝食にとマンション近くのパン屋でデリバリーで頼んでもらったサンドイッチなどの軽食を食べながら院長の尻から飛び出している淫具の端を不規則に蹴っていた。 夜勤明けなので大きなあくびがでるが、それを隠そうともしない。 「まだやりますか?」 いい加減眠くなってきたので声をかけるが、首を横に振られてしまった。 元気だななんて呑気な事を考えながらもう少し強めに尻を蹴ってやると何度目かの絶頂を迎えたのか身体を痙攣させながらついにへたりこんでしまった。 ぐっと下がった頭を踏んでやると、また身体を震わせている。 本当に元気だな。 俺に絡みに来た後で仮眠でも取っていたのではないかと思うと少し腹立たしくなり、頭を更にぐりっと踏みつけてついでに肩も蹴ってやる。 しかしこんな事にも喜びの声をあげてるのだからどうしようもない。 しかしながら遊んでいた女性達を全部捨てて俺に乗り換えるとかどういう心境の変化なのだろう。 しかも夫婦揃って俺との関係を持っているのに、それをお互い知らないのだから真実を知っている俺は面白くて面白くてたまらない。 ふとこれを卒論にでもしようかとも考えていたら、いつの間にか上半身を起こしてこちらを向いていた院長が俺の足の甲に頬擦りをしはじめる。 本当に犬にも劣る存在だと思うと自然に笑みが溢れ、頭を撫でてやるとだらしなく俺へ礼を述べた。 「今日も良かったよ」 「それは良かったですね」 縄をほどくと、ヨロヨロとしながら風呂へ勝手に向かっていったので俺は勝手にキッチンへ向かい戸棚から高級ブランド品のカップを取り出し、これまた高級品であろうコーヒーメーカーのボタンを押す。 コーヒーの香ばしい香りと湯気で、俺はふぅと大きな溜め息がもれた。 目頭を押さえ、大きく肩を回す。 コーヒーが入ったカップを持ってさっき居たソファーへ戻る。 足を組んでコーヒーを2口ほど飲んだところでさっぱりとした顔をした院長が戻ってきた。 今日も良かったよとはどの口が言ってるんだとも思ったが俺は気にせず残りのコーヒーを飲み続ける。 そんな態度にも院長は気にせず話しかけてくるので適当に相槌をうっておいた。 最初に院長から声をかけられた時は抱かれる事も覚悟していたが、蓋を開けてみると自分をいじめて欲しいと言われ流石に耳を疑ったのに聞き間違いでもなんでもなく俺は簡単なバイトを一つ手に入れたのだ。 「はい。今日もお疲れ様」 「どうも」 渡された封筒には1万円札がいつも通り束になって入っていた。 やはり院長は羽振りがいいなと思いながらバッグの中へ封筒を片付ける。 挨拶もそこそこに俺はマンションを後にして自分のマンションへ急ぐ。 昨日は当直だとカイへ伝えてあるのでもう学校へ行っているだろうが、今しかできない事をするために俺は急いで院長のマンションから最寄りの駅へ走る。 「いらっしゃいませ」 「すみませんコレお願いします」 「かしこまりました。少々お待ちください」 医大からもカイとのマンションからも、勿論如月病院からも遠い銀行へ俺は来ていた。 窓口でカードを出すと大きな部屋へ通される。 部屋の中央にテーブルがあってそこの前で待っていると係の人が引き出しの中身の様な物を持ってきてそのテーブルの上に置いた。 「終わりましたらお声がけください」 「ありがとうございます」 俺はその引き出しの中身の様な形の箱を開けると中身が見える。 中には印鑑や今日もらった物と同じ封筒が何個も入っている。 俺は家から持ってきた荷物を机の空いたスペースに置くと、大きな物から箱に入れていく。 封筒も中身を取り出して数える。 100の束にして封筒に戻す。 100の束を入れた封筒も箱に入れていく。 この箱は俺が借りている貸金庫だ。 貰った金額は直接講座に入れると収入になってしまうので貸金庫に預けている。 大きな物は紗子さんが買ってくれた高級時計で一つ100万以上するし、それ以上の物もあり人気のモデルらしく市場価値も高い。 箱に入れている封筒は100の束にしたものが何個も入っている。 この棚の中にはざっと2000万程入っているのではないだろうか。 これは自分の病院を開業するための資金なのでまだまだ足りない。 俺は蓋を閉じてから鍵をかけ係の人を呼ぶ。 本当は時計などはぐるぐる回す機械に乗せておくほうがいいのだろうが、時計に興味もないし後々売ろうと思っているので貸金庫の中にいてもらおうと思う。 「ありがとうございました」 行員の声を背に俺はATMに向かいキャッシュカードと通帳を取り出して封筒にまとめられなかった端数を預金通帳へ入金することにする。 出てきた通帳を手に俺は足取りも軽く帰宅したのだった。

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