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第12話

如月病院での研修も今日でやっと終わりだ。 研修は1つの診療科で4週間づつ複数の診療科で行う。 如月病院のグループの規模は大きく、医科大学の経営をしているのだが大学病院は専門性の高い患者が多く訪れる。 今回俺の研修先は大学の附属病院から少し離れた場所にある地域医療に特化した病院だった。 ここも同じ如月病院ではあるが、大学病院とは違い地域の人が多く訪れる。 地域医療に特化した病院を新設するにあたっての最初の研修医に選ばれたのが何故か俺だった。 元々別の経営者だったので研修に入れなかったのに、吸収合併をして規模を広げたのだ。 「院長?木下教授に何を喋ったんですか?」 「う、うぐっ…たいしっ…た事でもないよ」 折角めでたく地域医療の研修が終わったのに、相変わらず院長の相手をさせられている。 今は縄でぎゅうぎゅうと院長を縛り上げている最中だ。 院長の背中に足をかけ、院長の身体にかかっている縄を思いっきり引っ張ると縄がみしりと音を立てる。 本当に毎回この人は変わってると思わざるをえない。 大病院の経営者の癖に自分の大学のいち研修医、いち学生の俺に縛り上げられているのだから。 この前なんて頭を踏んでやったら喜んでいたのだからつくづくお偉い様は分からないものだ。 「へえ?対した話でもないのに、わざわざ木下教授なんて私に電話してきたのですが?」 「なんだって!」 「もちろんルール違反ですよね?私の恋愛関係にも私生活にも干渉も詮索もしない。連絡はメッセージのやり取りのみ。吹聴はしない…」 「も、もち…うぐっ」 俺は更に縄をきつく縛り上げて背中で縄を結ぶ。 本日研修最終日で院長室に挨拶に来ていたのに、院長の顔を見た瞬間怒りが込み上げてきてしまった。 無言で近付き、頬に思い切りビンタを食らわせ椅子から引きずり降ろすと、院長のデスク横の引き出しに入っている真っ赤な縄を取り出して縛り上げたのだ。 俺は院長が座っていた椅子にそのまま腰かけると足を組む。 どことなく嬉しそうな院長に俺はにこりと笑いかける。 一応顧客には一定のルールを儲けていた。 院長や木下教授の様なタイプには厳しめに、カイの母親の様なタイプには少し緩めに設定している。 「いっ!」 「ワイシャツの上から乳首挟まれる気分はどうですか?プレイ用ではない事務用品なので痛いでしょ」 別の引き出しを開けて目に入った目玉クリップを服の上から乳首に取り付けてやる。 分厚い書類をまとめておくのに使うクリップは挟力も強いので紙を挟んでも紙に跡が残る程なのに、人体に使えば強い痛みが襲うだろう。 何故かカイを含め如月家の男は乳首が弱いのだ。 目の前に居る院長もしかり、カイの兄である親友の航も乳首が好きだと不本意ではあるが、元カレである吉高満(よしたかみつる)が言っていた。 今となっては黒歴史でしかないが、満とは入学してすぐに向こうから声をかけてきて半年ほど付き合った仲だ。 如月家程ではないにせよ大きな病院の跡取り息子だと言っていたし生粋のゲイだった満に利用価値があると近付いたが、俺でも舌を巻く程のサイコパスだった。 付き合っていてもずっと腹の探り会いで、途中でその無益さに気付き馬鹿らしくなってしまって切った関係だった。 そんな満は、数年前に駆り出された飲み会で俺の親友である航と身体の関係を持っていると自慢された。 「自慢でも何でもないんだけどな…」 「な、何を考えているのかな?ひぎっ!」 「なんでもありませんよ」 ぼんやりと満の事を思い出していたら、俺の膝に頬を擦り寄せてくる院長の乳首に取り付けた目玉クリップを弾いてやると、金属の重みで垂れ下がっていたのを持ち上げただけでも背中を丸めて俺の足に顔を埋めることになる。 満は如月家と血縁関係があるらしく、航や櫂とは親戚筋に当たるはずだ。 それなのに、本家の跡取りとも言える“若様”に手を出していると知ってむしろ満らしいと感心してしまった。 聞いてもいないのに航の布面積の少ない際どい格好の写真などを見せられて俺は複雑だったが、空気が読めないのかむしろ読んでいないのか俺に嬉しそうに話していた。 今度兄弟揃って絡ませても楽しいかもしれないなと思うが、満とは関わりたくないし今はとりあえず目の前の院長をどうにかする事を考えなければならない。 「研修も終わったので、しばらくはあなたと顔を合わせないで済むかと思うと、せいせいしますね」 「そんなこと言わないで…」 「気持ち悪いので甘えた声出さないでくれますか?」 目玉クリップの目玉の部分を掴んでぐっと引っ張るり、満面の笑みを浮かべてやれば院長が少し悲しそうな顔をする。 少し甘えた声をあげたので、俺は途端に冷めた目で見下ろせばふるふると身体を小刻みに揺らす。 こんな事にも喜んでいるのを見てため息が漏れそうになってしまうが、ここでため息をつくと相手をもっと喜ばせてしまうので俺は大きく息を吸って静かに吐き出した。 「え?」 「今日はもう終わりです」 俺は院長の椅子からスッと立ち上がると、相手を縛り上げていた縄をほどきはじめる。 赤い縄が全て床に落ち、乳首を締め上げていたクリップも外して机の上に放り投げた。 俺の行動に院長は唖然とした顔をしていたが、気にせず俺は部屋を出ていこうとする。 「えっ…あ…ま、待ってくれ!」 「離してくれますか?何でルールを破った貴方が相手にして貰えると思い上がっているんです?貴方は木下からの報告を聞いていればいいじゃないですか。自慢大会をなさったんでしょう?」 「それは…」 「吹聴はしない。それは木下にも同じですよ?お二人で話されるのはいいですが、私に迷惑をかけた木下を今回は恨んでください。貴方の大好きな“おあずけ”ですよ。嬉しいでしょう?」 俺にすがってきた院長を無視して歩みを進めるが、遂に横を通り抜けようとしたところでスラックスを捕まれてしまったのでその手をぴしゃりと叩く。 二人で何の自慢をし合っていたのかは知らないが、連絡してくるなと言ってあるのに、しかも忙しい時に電話をかけてこられて俺は相当腹が立っていた。 院長には関係ないのかもしれないが、元はと言えばこの人が言ったことが羨ましくて木下が俺へ連絡して来たのだから因果関係は立証されている。 あえてスマホを取り出して木下へ明日研究室に行く旨をメッセージに入れておく。 これで明日は高いスイーツにありつけると思うと気分もあがってくるというものだ。 俺はさっさと院長室を後にして帰路につく。 「それで…貴方もなんですか?」 レポートは自分の研究室に提出をして、木下教授の研究室に来ていた。 レポートの提出期限は次の研修が始まるまでの間だが、俺は早々に終わらせたので次の日という早さで提出できた。 俺の要望通りに、大学近くのパティスリーで買ってきたケーキの箱を渡されて俺はご機嫌だったのに俺に期待を込めた目で見つめてくるのでわざと大きなため息をつきながらケーキの箱を開けた。 箱から出てきたのは色とりどりのフルーツが贅沢に乗ったケーキだった。 しかもフルーツの間には高級店だけあってマカロンやチョコレートでできた動物達が居る可愛らしいデザインのケーキになっている。 自分で言った事だが、本当にどんな顔してこれを買いに行ったのだろうか。 「可愛らしいの買ってきましたね」 「折角だから予約して作ってもらったんだけど、目の前で箱から出して確認させられるんだ。周りに居る客にじろじろ見られてしまって…」 「どんな顔して予約したんですか?2回も店に行ってどうせそんな事にも興奮したんでしょ?どうしようもないですね」 俺にシルバーのフォークを渡してきたので、俺は木下のネクタイでフォークを拭いてから机の上にあったウエットティッシュでもう一度拭いた。 俺はケーキの上のマロンのウサギの目にグサリとフォークを刺しながら一瞥してやれば、木下は豚の様な声をあげる。 俺はフォークを刺したマカロンを口に含むと薄いピンク色だったので苺味かと思っていたのに甘酸っぱいフランボワーズの香りと味がした。 今度はマカロンの横にあったブルーベリーとキウイにフォークを刺すとブルーベリーの皮の弾けるプチっという感覚が手に伝わってくる。 俺がケーキを堪能している間にいつの間にか俺の隣へ寄ってきた木下が俺の尻を軽く撫でてきた。 「なぶなっ!いっ」 「誰が勝手に触って良いって言いました?もう貴方のゼミ生でもないので、ここに来なくてもいいんですよ?」 「そんな!」 俺は手に持っていたフォークを勢いよく木下の腕に突き立ててやろうと振りかぶったが、すんでの所でかわされたのでフォークで手の甲に傷を作ってやった。 汚れたフォークは気にせず床に放り投げるとフォークが床にぶつかるカランと乾いた音がする。 俺は持ってきた鞄からプラスチックのフォークを取り出して袋から出してから再びケーキを食べ始めた。 以前は軽いボディタッチも許してきたが、調子にのってきたので最近では許可なく触らせない様にしている。 これもサービスの一環だし、手軽な相手だと思われるとすぐ飽きられて金を巻き上げられなくなってしまう。 顧客からは引き出せるだけ引き出して、俺の糧になって貰わなければならない。 俺は消費され搾取されるだけの存在に成り下がるのはゴメンだ。 「それにいいんですか?こんな場所で人に見られでもして私が事務局に聴取されれば貴方の教授人生は終わるんですよ?今日からレポート提出ですしね」 「うっ…」 「何ですか?想像して興奮してます?ケーキのご褒美にこの後終わってから付き合ってあげてもいいんですよ?思いっきり搾り取ってあげますよ?」 俺の言葉に木下の頬が紅潮している。 俺はふふと笑ってケーキの続きを食べ始めると、コンコンと扉がノックされた。 木下は自分の席に戻り、どうぞと声を扉に向かってかける。 「失礼しま…す」 「あ、航!」 「ほま…れ?また木下教授のところに来てたのか?」 「ケーキをご馳走してくれるって言うからね」 入ってきた人物が親友だと分かると、思わず声をあげてしまった。 俺に焦点があった航は驚いた顔をしてこちらに近付いてくる。 「あ、こら!」 「いーから。いーから。レポート出しに来たんだろ?出すの早いね。折角だから久しぶりにカフェテリアで話そう!研修どうだったんだ?」 手にはレポートの束を持っていたのでそれを取り上げて木下の机の上に置くと俺は航の背中を押して教授室を後にしようと航を扉の方へぐいぐいと押していく。 部屋の外に航を押しやった所で軽く振り返り木下へ合図してやるとへにゃりとした笑みを浮かべてこちらに小さく手を振ってきた。 小さく頷いてやるとだらしない顔が見えたが俺は航の肩を掴んでぐいぐいと押して歩く。

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