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第13話

ぐいぐいと研究室から航を押し出して学内にあるカフェテリアに来ていた。 俺は航が来るまでにケーキをたらふく食べたので口の中が甘ったるい。 コーヒーでも飲むかとぼんやり入り口の看板を見ていると、いつの間にか航が注文を終えていた。 「行動が早いな」 「どうせ教授の研究室でケーキをご馳走になったんならブレンドだろ?注文しといたよ」 「きゃー。航くんステキィ」 「はぁ?」 俺の分までコーヒーを注文してくれた航にふざけて声をあげると、呆れたような顔でこちらを見てくるがパチリと視線が合うと自然とお互いに笑いあっていた。 航にお礼を言ってコーヒーのカップを受け取ると、空いた席に座る。 「航は何科に行ってたんだっけ?」 「外科だよ。次は小児科だな」 「内科の奴らは大変そうだよな」 「内科は24週で研修では一番長いからな」 研修医で一番長い研修先が内科で24週の約半年間。 次に長いのが救急医療で12週の約3ヶ月間。 その他外科、小児科、産婦人科、精神科及び地域医療、一般外来は4週以上となっていて様々な病院で研修をしている。 俺も地域医療の研修を約2ヶ月耐えた。 何が一番辛かったかと言うと、研修そのものではなく如月院長の“お相手”が一番精神的に疲れたと言うのが正直なところだ。 しかしそんな事をその院長の息子である航には口が裂けても言えない。 研修先は提携病院や指定病院に振り分けられ同じ診療科に学年が一斉に行くのではなくそれぞれ順番がある。 「あー。確か次は外科だった気がするけど、予定の紙見ないと分からないかも!」 「流石に俺でもそれは分からないな。結構そういうところ誉は抜けてるな」 「そうかな?」 一応研修に入る前に予定の紙が渡されるのだが、内容を暗記しているわけではないしそもそも研修医はやることが多すぎて残業なんて普通だし毎日がいっぱいいっぱいなのだ。 とはいいつつ、要領のいい奴はそこそこの残業で済んでるし医師の働き方も少し改善するらしいと聞いている。 そんな日々を忙殺されている研修医だが、航はいつもきちんと身なりも整えてるし他の同級生達とはやはり少し違うなと話しながら感じる。 しかし、少し見ない間に胸元も腰回りも少し肉がついた気がしてまじまじと見ていると航が首を傾げた。 「どうした?」 「航もしかしてストレスで太った?航は真面目だからなんでもきっちりしてるけど、疲れちゃうからそこそこ息抜きしろよ。医者の不養生はヤバいって教授達も言ってるだろ」 「あ、えー。そ、そうだな。ストレス…確かに少し肉ついたかもな…スラックスの尻の辺りきつい感じがしてさ。気を付けないとだな…」 満との関係を俺が知らないと思っている航は一瞬言葉に詰まったが、何事も無かったかの様に自分の太股を擦って苦笑いする。 この身体の変化はどう見ても“メス化”だ。 医学的に言うなら女性化しているといえる。 ホルモンの関係なのだが、今回は別に病気でもなさそうなので俺はそれ以上追及しなかった。 医師は時間外労働が多いといわれるが、それ以上に研修医の方が時間外労働の時間が長い。 研修に加えて学習などをしなくてはならないし、既に何人かはあまりのハードさに脱落していると聞いている。 だから、あながちストレスと言うのも間違いではないのだ。 「何してるんです?」 「あ、お前こそ何してるんだ?ストーカーか?」 「ストーカーとは酷いな。レポート出しに来たんですよ」 航と他愛ない話をしていると、急に話しに割り込んでくる人物が居た。 話しに割り込んできたのは、片手に飲み物のカップを持った満だった。 航の肩に手を置いて、顎を航の頭に乗せている。 航は驚きと、多分恐怖で小さく肩を震わせていた。 こんなになる程追い詰めてどうするんだろうかとぼんやり思うが、当然顔になんて出さない。 一応航と満の関係は知らないって設定だから。 「今、航と仲良く親友同士お喋りしてたんだけど…邪魔しないでくれないかなぁ?」 「えー。折角なら混ぜてよ。ねー?航くんいいでしょ?」 「えっ!いや…あの」 「ほら。航が困ってるだろ」 一応俺は満を追い払おうとしてみるが、満は航に許可を求め始めた。 航は明らかに嫌だという雰囲気は出しているもののなんと断ろうかと下を向いてしまった。 しかし、満は空気を読まずにいいでしょとか聞きながら許可も待たずに航の横の席に勝手に腰をおろした。 満は自分の膝を航の膝へとぴったりとつけてじわじわとにじり寄って行く。 目の前ではご機嫌の満と沈んでいる航という謎のコントラストができている。 「お、俺!お手洗いに行ってくる!」 「気にすんな。航が席はずしてる間になるべく帰すようにしとくから!」 「本人を目の前にひどいこと言うなぁ」 流石にまずいと思ったのか、航が唐突に立ち上がってそそくさと席を離れていく。 そんな航の背中に声をかけると、向かいから言葉とは裏腹に楽しそうな声色が聞こえてきた。 顔を見れば楽しくてたまらないって顔をしている。 「あんまりからかうのやめてやれよ。大学生にもなって好きな子に意地悪する小学生じゃあるまいし」 「あの人は生真面目だから、フィアンセが居ながら遠くても血縁者の男と肉体関係にあることに葛藤してるんですよ?可愛いと思いません?」 「話しが通じないとはこの事かな?」 「ほら。見てくださいよ。この前なんかコスプレさせたら恥ずかしがって涙目になっちゃったんですよ?」 「あーあ。逆バニーは泣くだろうな。本当にお前サイコパスだわ」 俺は満に軽く注意をするが、聞いているはずもなく俺に携帯の画面を見せてくる。 画面には逆バニーと言われる胸の上で切れている上着らしき物に、股関節部分にまできているタイツらしきテカテカした素材の物を履いて大事な部分が全て丸出しになった状態の航が写し出されている。 本当にバニースーツと言われる衣装の隠れている部分が全て露になった“逆バニー”の名に相応しい姿にさせられていた。 多分満に命令されているのか大事な部分は隠さず、手はおろした状態で握っていて顔は横を向いていて画面の中の航は恥ずかしさから頬は紅潮し、目に涙を浮かべているようにみえる。 「どう?弟くんにも着せてみたら?」 「うーん」 「ほら。後ろはこうなっているんだよ?兄弟でお揃いなんて可愛いと思わない?」 満が操作すると表示されている画像が変わり、航の綺麗に筋肉のついた背中が目に飛び込んでくる。 尻に紐らしき物が無いのに不自然に浮いている白くてふわふわした尻尾があった。 すぐに画像をスライドさせて、玩具の画像に変わった。 スタンダードなアナルプラグではなく、より卑猥なアナルパールに尻尾がついている代物だ。 流石にカイにはこの大きさは無理だろうかと俺がまじまじとその画像を見ていると、満はニヤニヤとこちらを見ている。 その顔に無性に腹がたったので拳を突き出すと、それをひらりとかわされてしまった。 「危ないなぁ。私は教授達とは違ってそんな趣味はないんだから気を付けてよ。自分もいいなって思ったんでしょ?誉は本当に素直じゃないなぁ。素直になれるようにしてあげようか?」 「はっ。お断りだよ。俺の方が分からせてやろうか?」 「あーあ。頭の上の猫は何処に旅行に行ったんですか?私はどっちでもいいですけどね」 「俺の猫はお前とは仲良くしたくないから遠い所に行った。それで、こっちからお断りなんだけど?」 「まぁ、するとしたら私もどっちかと言うと入れたいので、する時は公平にジャンケンですかねぇ」 「は?しないけど?何言ってんだ?」 ますます目の前の満に腹がたってくる。 こいつの事をどうしてくれようかと思っていたら少し離れた場所で航がこっちを遠巻きにしつつ困っているのが見えた。 俺は航に軽く合図して立ち上がる。 しかし、そんな俺に目ざとく気が付いた満も立ち上がったが、俺はそんな満を無視して飲み終わったカップを捨てて早足で歩いた。 「航、大丈夫か?」 「あぁ…だいっ!」 「私を置いていけると思ってるんですか?何処までも一緒ですよ?」 「は?キモッ」 「こらっ!誉ったら!そんな言葉使っちゃダメでしょ?若様に悪影響です」 「どの口が言ってるんだか…」 航に合流すると、満も当然ついて来ていてするりと自然な仕草で航の腰に手を回した。 ナチュラルにセクハラをする満に暴言を吐き捨てると、わざとなのか航の耳に手を当てて怒る素振りを見せてくる。 こいつは本当にどの口が言ってるのかと呆れてしまう。 そういうお前こそ航にとっては悪影響でしか無いと思うので軽蔑した目で見てやったが、にこにこと俺をからかうような顔をしていたので響いてすらいないのが分かる。 俺はとりあえず約束を守れなかったのを謝るべく満の手を航から引き剥がした。 「ごめん航。こいつ追い払えなかったからもう帰ろう…」 「あ、これから私は彼と用事がありますのであなた一人で帰ってくださいね」 「いや…俺は…」 踵を返したところで、航の肩を満が掴んでにこにことしている。 明らかに勝手に満が決めた予定なので、俺は無視しようかと思ったら困っている航に満が何やら耳打ちをしはじめた。 その言葉を聞いた航は暗い顔をして頷くと、少し泣きそうになっていたがそれを悟らせない様に俺ににこりと笑って満と約束があるのを忘れていたと言った。 一応2人の関係は知らないという設定なので俺はそれ以上何も言えなくなってしまう。 後ろ髪を引かれつつ2人と別れ数歩進んだところで満がこちらに小走りでやってきた。 「この後○○駅の近くにある○○ホテルに行くんですけど、折角今日会ったんですから見に来ません?」 「は?」 「見に来るなら連絡くださいね!」 それだけ言うと俺から離れて再び航の横に並び腰に手を回して耳元で何かを言っている様に見えた。 それを見送りながら、俺は瀬戸さんにカイの事を頼むメッセージを送り、木下に先程聞いたホテルの名前を調べて住所と一緒にメッセージを送っておく。 航には悪いが、満がどう航に接しているのか興味があったのだ。 遠ざかる2人を見送りながら、どこで時間潰そうかなととりあえず電車に乗るべく歩き出した。

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