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第33話

「誉!これすごい!」 「確かにすごいね」 カイがパーティー会場に置かれている料理を見ながらはしゃいでいる。 カイは見た目も相まって親族からは全くと言っていい程相手にされていないらしい。 航は次期本家の当主として今は親族であろう恰幅のいい男と挨拶回りをしているのに、一応カイも本家の息子である筈なのに周りには一切人が寄って来ていなかった。 俺が一緒に住むまではパーティー等にも出たがらなかったし、そもそもこう言う集まりがあることさえはじめから知らされない様にしていたらしいと以前瀬戸さんに聞いた。 そんなカイは現在目の前にある大きなチョコファウンテンに興味津々になっている。 「ほら。カイの好きないちごがあるよ」 「このいちご大きいな!」 チョコファウンテンの横にはマシュマロやらフルーツなどが置かれていて、カイにいちごを2粒ほど皿に乗せて渡してやる。 俺はいちごに釘付けになっているカイの横でマシュマロを早速串に差してチョコファウンテンに突っ込む。 たっぷりのチョコでコーティングされたマシュマロを口に頬張るとまろやかな甘味と仄かな苦味が口に広がり、チョコレートの香りが鼻から抜けていく。  しゅわりと溶けたマシュマロを寂しく思いながらも次にいちごをチョコに浸す。 いちごの酸味とチョコレートのバランスがいい。 思わずほぅと感嘆のため息が出てしまう。 「誉…これどうやって食べるんだ?」 俺が次々にマシュマロやらフルーツを食べているところを見ていなかったのか、カイが皿から顔をあげて首を傾げた。 その仕草が可愛らしくて俺は思わずカイに笑いかける。 カイの頬がポッと赤くなるのもまた愛らしい。 そんなカイの手を取って、カイの手を握ったままにまずは串にいちごを差してやる。 そのままチョコファウンテンにいちごを通すと、きれいにチョコレートがコーティングされた。 いちごを反対の手で持っている皿の上に持ってきてから手を離して食べる様に促す。 最初は大きな口を開けようとした様だが大きく口を開けるのが謀られたのか無理だと思ったのかいちごの先端にかじりついた。 口の回りがチョコレートで汚れているがそれがまた可愛らしい。 「甘酸っぱい!」 「良かったね」 もぐもぐと口を動かしているカイを見ながら俺はフルーツの横に並んでいたケーキを皿に取る。 まずは季節のフルーツが乗っているのであろうショートケーキから。 フルーツとクリームが口の中で混じりあって甘さがちょうどいい。 ショートケーキを2口で食べると、次は少し酸味のあるチーズケーキ。 チーズケーキもバスク風やスフレ、ベイクドまでラインナップが豊富だ。 ベイクドチーズケーキをフォークで切り分けて刺したらチョコファウンテンにくぐらせる。 フォークがチョコレートに当たらない様に注意しながらケーキをチョコまみれにした。 フォークを手元に引き寄せてからケーキを口に含むとチーズの酸味とチョコレートが絶妙に合っている。 家でやろうと思えば後片付けの手間があるので、カイには家でできるとは言わないでおこうと密かに思ったと同時に、俺はこれを目一杯楽しもうと決意した。 「口の中がそこまで甘くなくて凄い」 「甘いのがいいのに…」 「誉は何食べてるんだ?」 語彙力の低下してしまったカイはやっと持っていたいちごを食べ終え俺の手元を確認する。 串に刺さったいちごは安定感が悪くコロコロと向きを変えるのでカイはそれに格闘していて俺の方を見ていなかったが、カイがいちごと格闘していた間に俺はチーズケーキを終えチョコレートケーキを皿に乗せたところだった。 思わず漏れた言葉はカイには興味が無かったのか、俺の手元のケーキをじっと見ていたのでフォークで一口大に切り分けてからカイの前に差し出した。 あーんをしてやると、恥ずかしがる様子もなく口を開けてぱくりと口に含んだ。 自分用に切り分けていた物なので、カイには少し大きかったのか口許に手を当ててモグモグと口を動かしている様子は正に小動物みたいでかわいい。 俺はそれを見ながら余った方のケーキをぱくりと口に含む。 チョコファウンテンのチョコレートとは違う風味の少しフルーティーな香りのチョコレートにラムを少し含ませたスポンジが最高に美味しい。 「このケーキ少しラムが入ってたのか…カイ大丈夫?」 ケーキを飲み込むとカイの顔を覗き込み、大丈夫かと問いかければコクコクと小さく頷いた。 まだ口にケーキが残っていたらしい。 かわいいなと思いつつ、今度は白っぽいムースを口に放り込んだ。 タルト生地にヨーグルト風味のムースにブルーベリーのムースが華の様に模様をつくっている。 爽やかな風味で口の中がリセットされた。 さっぱり系だとレモンのパイもあったな。 ここは最高だなと会場に来る前の事は水に流してやろうという気持ちになれた。 「次は何食べたい?」 「んー」 「ニンジンとカボチャのマフィンなんてどう?あんまり食事してなかったでしょ?」 「あっちの料理はあんまり食べたくないし、それ食べる」 食事のテーブルとデザートのテーブルは離れているので、カイは食事のテーブルの方を一瞥すると俺の手からマフィンを受け取った。 食事のテーブルにはローストビーフ等の肉料理から刺身などの魚料理とメインの料理が並んでいる。 そして俺もマフィンを口にしながらこのマフィンは重めの食事系だなと思いつつカイを観察していた。 マフィンの食いつきも悪くないので、作り置きしてもいいかもしれない。 マフィンに野菜やフルーツなど入れて焼いたら朝は簡単にすませられるし、検討してみようと思った。 「もうお腹膨れた」 「沢山食べてえらいね」 「ん」 マフィンを2/3程食べたところで俺に渡してきたのでカイにしては食べた方だった為褒めてやると満更でもない顔をしている。 残りのマフィンを俺が食べるのをじっと見ていたのでどうしたのかと思ったらプールに行きたいらしい。 食べた後すぐに遊びたいなんて小さな子供みたいだと思ったが、いいよと言えば満面の笑顔を見せられ何も言わないでおいた。 「とりあえず部屋に戻ってスーツを置いてこようか。着替えはロッカーにまだあるし」 「確かに」 パーティーはかなり終盤に差し掛かっており、そこかしこで酔っぱらいや赤ら顔の親父達が散見されるし、部屋に帰るのか仲の良い親戚同士で集まるのかは分からないがちらほらと会場を後にする人も増えてきた。 俺達もそれに便乗して一旦部屋に戻る事にする。 部屋に帰ると、まずクローゼットにスーツをかけてから館内着をもう一度着て必要な荷物を持ってプールに向かう。 午前中に使っていたロッカーはそのままだったので水着に着替えプールに繰り出した。 「それでカイは何がしたい?」 「んー?スライダー乗ってみたい!」 「午前中は波の出るやつと、流れるプールだったもんね。いいよ。時間無いから早く行こうか」 プールには一応終了時間が設けられていて21時以降はプールには入れなくなる。 客を出した後に清掃や安全点検が行われるのだろう。 パーティーが早く終わったからと言ってまったり遊べる時間は残って無さそうなので、急いでカイの要望通りスライダーに向かった。 階段を登り一番上に着くと、カイはぜぇぜぇと息があがっている。 「大丈夫?少し息整えてから滑ろう」 「そ、そうしよ」 「それにしても、カイがこんなにプールハマるとは思わなかったな」 「思ったより…楽しかった」 胸に手を当てて大きく息を吸うカイの背中を撫でながら、普段はインドア派のカイがプールに興味があるなんて意外だったので聞いてみたら答えはシンプルだった。 確かに水遊びって水が怖くない限り何故か楽しいんだよなと子供の頃よく海で遊んだ記憶を思い出しながら納得する。 おやつなんてそんな物無かったし、自営業だから家に居ても暇だからよく海で遊んでたなとカイの白い首筋を見ながら思った。 「ん。もう大丈夫」 「一緒に滑った方がいい?」 「うん」 ふぅふぅと少し息が落ち着いたカイは俺を見上げて微笑んだ。 その笑顔が可愛くて思わずキスしたくなったが、スライダーには係員が居たのでなんとか我慢する。 一緒に滑りたいとの申し出に俺は頷いて、まずは俺が座ってからカイを俺の足の間に座らせた。 係員のいいですかという問い掛けに頷いて少し身体をずらすと水圧に押されて体が前に進んだ。 カイが離れない様に腹に手を巻き付かせていたのでカイの体が俺の体に少し覆い被さってくる。 「うわぁ!」 「ははは。大丈夫か?鼻に水入った?」 「鼻痛い!でも楽しかった」 あっという間に下に滑り降りたが、カイは少し着地に失敗して鼻を押さえている。 鼻に水が入るのはあるあるなので俺は笑ってしまった。 しかし、普段なら俺が笑った事に対して怒る筈のカイも一緒になって笑っている。 もう一回やると思いがけず言い出したので、今度は1人で滑ったらどうだと送り出した。 一応俺は出口付近で待つことにして、カイがえっちらおっちらと階段を登るのを眺めていた。 「つかれたー!!」 「スライダー3回も滑ったからね」 「エレベーターあったらもっと滑ってた」 終了の音楽が流れはじめたので、カイとロッカールームに引き上げた。 使っていたロッカーからやっとスマホを取り出して確認すると、満から何やらメッセージが来ていたがすぐにブロックしてメッセージも消してやった。 どうせ航の事だろう。 その後カイと部屋に帰るとお互い疲れていたのもありすぐに眠ってしまった。 「に、兄さんおはよう!満兄さんも!」 「おはよ」 「あぁ…」 夜中に不穏な夢を見たものの、それ以外はスッキリと目が覚めた。 カイも昨日の疲れなど無かったかの様に起きてきた。 くぅと可愛らしく鳴ったカイの腹を笑いながら朝食の会場に行くと、スポーツウェア姿の航が優雅に朝食を食べている。 カイと一緒に声を掛ければ、にこりと笑って少し生返事の様な声が返ってきた。 少し遅れて来た満にも挨拶をして、少し混みはじめたのでカイに目配せしてすぐに食べ物を取りに行く。 「うーん」 「好きなのを取るんだよ」 悩むカイを尻目に俺は適当におかずを皿に乗せていく。 和食の気分なので鮭や海苔、副菜の小鉢等を取ってご飯を炊飯ジャーに取りに行った。 味噌汁もネギをたっぷり入れて液をお椀に注いだ。 カイは野菜たっぷりのキッシュに、真っ赤になるほどケチャップをかけた物とサラダが入ったボウルにロールパンが一つと簡素だった。 あまりにも少ないので、一応デザートのコーナーにあったヨーグルトとフルーツを持って来てトレイに乗せてやる。 「兄さん!一緒に…」 「いいよ。隣座りな」 昨日かなり楽しかったのかいつもより積極的に航に声をかけに行くカイはいそいそと航の隣に座った。 必然的に満の横に座る事になった俺は渋々といった様子で満の横に腰をおろした。 とりあえず満の方には顔を向けず、航とカイが何やら話ながら食事をしているのを眺めながら食事を済ます。 デザートでも食べようかと思って何気なく横の満を見れば珍しく凄く疲れた顔をしている。 俺はその顔を見ただけでデザートが何倍も旨く感じたのだった。

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