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第34話

ホテルへの招待から帰ってきて数日が経ち、相変わらず忙しいながらもカイとは上手く生活をしていた。 カイの食事にマフィンを出そうと計画していたので仕事帰りにスーパーに来ている。 とりあえずカートを押しながら夕食の分の食材とマフィンの材料を揃えようと思い付く限りの素材を手に取って籠に入れていく。 マフィンと言えば腹持ちと甘さにも繋がるバナナに、穀物系だとカボチャやサツマイモもよさそうだ。 ニンジンは水分が少なめだし、葉物野菜だとほうれん草なんかもいいかもしれない。 「夕食はどうしようかな」 俺が悩んでいると、ふと鮮魚コーナーで小さなレシピの紙が置いてあるのが目に入った。 紙を手に取るとシーフードオイルパスタのレシピが書いてある。 シーフードはカイも食べられるしいいなと思って鮮魚のコーナーでエビやアサリやイカ等を籠に入れた。 レシピにはプチトマトとブロッコリーも載っていたので野菜のコーナーに戻って探す。 マフィンに入れてピザ風にするのも悪くないと少し多めに籠に入れた。 「ただいま~」 買い物を終えて帰宅すると、カイはリビングのソファーで本を読んでいた。 俺の帰宅にも気が付いていない程に集中している様でこちらに見向きもしない。 いつもの事なので俺は気にせず買ったものを冷蔵庫に入れていく。 冷蔵庫に入っていたチョコレートの包みを鷲掴みにしてシンクに置いて今日の夕飯の準備をはじめる。 まずお湯を沸かすのに鍋に水を入れて火にかけ、お湯を沸かしている間にパスタに入れるブロッコリーを株から一口大にしてプチトマトはヘタを外して水洗いをする。 シーフードは海老の殻を外して避けておき、アサリは砂抜きしてある物を購入したが念のために塩水に浸けておく。 イカの皮を剥かねばとパックから出したイカからゲソを持って捻りながら下に引くと内蔵も出てくる。 カイは肝の部分は苦手なのだろうかと考えていたら視線を感じた。 「カイただいま。読書は終わったの?」 「おかえり…まだ読んでる最中だけど、音がしたから」 顔をあげるとカイがキッチンを覗いていた。 にこりと笑ってやると、カイは俺の帰宅に気が付かなかったのが気まずいのか小さな声で言い訳じみた事を言っている。 多分音と言うより匂いで気が付いたのだろうと思ったが、あえてそこは指摘しないでおいた。 今回は内蔵部分は入れずにおこうと生ゴミの袋に内蔵部分と口の固い部分を放り込み下足を食べやすい様に切り分ける。 イカの胴体から軟骨を抜いてそのまま輪切りにして軽く手を洗う。 ふつふつとしてきた鍋にブロッコリーを放り込み軽く色が変わったところで取り出す。 次に塩を入れてパスタを適当に掴んで鍋に入れる。 「カイ。好きなお皿出しておいで」 「う、うん!」 俺の手元を見ていたカイに声をかけると、ハッと顔を上げて急いで食器棚の方へ向かう。 カイが皿を選んでいる間にフライパンにオリーブオイルとチューブのニンニクと鷹の爪を入れて火をつける。 フライパンが温まってきたところでアサリと白ワインを入れて蓋をした。 そう言えばチョコレートを出したままだったなとパッケージを開けて口に放り込む。 しばらくすると音が変わってきたのでフライパンの蓋を開けるとアサリの口が空いている。 アサリを皿に取り出して、今更ながらエビの殻をどうしようと思ったが今日はちゃちゃっと作ろうと見なかった事にした。 冷凍して今度使おうとビニール袋に入れてすぐに冷凍庫に押し込んだ。 エビの身とイカをフライパンに入れて軽く火を通したらブロッコリーとプチトマトも入れてパスタのゆで汁を入れて少し煮る。 パスタを1本取って口に含むと理想的なゆで加減だったので水切りもせず鍋から直接フライパンに入れていく。 アサリをフライパンに戻して乳化をさせるために混ぜる。 「カイ~?まだ?」 「あ、あっ!えっと!これ!!」 味見すると少し味が薄かったので少し塩を足して火を止める。 パスタは早くできていいなと思っていると、まだカイが棚の前で悩んでいたので声をかけた。 急いでこちらに持ってきた皿は少し深めの白い皿だった。 そこにパスタを盛り付ける様子をカイはなぜかキラキラした目で見ている。 今日初めて料理した訳でもないのに、そんな様子も可愛い。 最後に具材を麺に乗せるのだがカイの分はアサリの貝殻を外して身だけにして彩りを考えて盛り付けると飲食店で出てきそうな見た目になった。 仕上げに乾燥のパセリを上に振って完成だ。 「はいはい。カイはカトラリー持っていくんだよ?」 「うん」 カトラリーを渡してやると机にセッティングに向かったカイの背中を見ながらカイの分にだけいつもの俺の“愛”を振りかける。 最近気になっているのだが、髪を焼いてしまうと細胞が崩れてしまう為それを防ぐには乳鉢等ですりつぶした方がいいのだろうかと考えてしまう。 ただ、それをすると爪等は時間がかかってしまうしと思いながら皿を持ってテーブルへと向かった。 「カトラリー運んでくれてありがとう」 「へへへ」 カイに感謝を述べると嬉しそうに笑う。 この笑顔も全て自分の物にしたいし、家に閉じ込めて誰にも見せない様にしたいのにカイは自分の物なんだと自慢して回りたいという相反する感情に内心複雑な気持ちになる。 そんな俺の葛藤など知らないカイは、いそいそと椅子に座り自分の皿が来ることを待っていた。 かわいいなと思いながら目の前に皿を置いてやると更に顔がパッと花が咲いた様に明るくなる。 ブロッコリーの緑にトマトの赤が黄色の麺の上で咲いているのが鮮やかだ。 「今日はサラダ無くてもいい?」 「ん。大丈夫」 俺も自分の席に皿を置いて椅子に座る。 食卓にはパスタが乗った皿しかなかったので、聞いてみるとカイからは優しいお言葉。 その言葉に感謝しつつ二人で手を合わせてから食事になった。 「今日も一緒にお風呂っていい?」 「頭洗ってくれるのか?」 「そうしたいな。カイが自分で洗うといい加減で所々泡とか残ってたりするし」 「そんなこと…ないし!」 お坊っちゃまのカイは生活の殆どを執事兼お世話係の瀬戸さんに任せていたのと、元々の不器用さから生活能力が皆無だった。 カイと二人で住み始めた頃は瀬戸さんが本家で風呂に入れてからマンションに連れて帰ってきてくれていたらしい。 風呂に入っても身体を濡らすだけだったと気が付いたのは、瀬戸さんが珍しく長期の休暇を言い渡されて不在時にカイが自分で風呂に入いる時期があって数日後にカイが俺に頭を洗ってくれないかと申し出てきた時だった。 それから一応自分でもできるようにと何度か教えたりもしたが、現在は堂々とイチャイチャできるのだからと俺が家に居る時は一緒に風呂に入る様になった。 カイも世話をされる楽さを思い出した様で、素直にお世話をさせてくれる。 俺も世話をするのが好きなので、俺にとっては願ったり叶ったりでWin-Winの関係なのだ。 「ごちそうさまでした」 「はい。お粗末様。全部食べられたね」 他におかずや汁物類も出していなかったからか、今日は皿の中が空っぽになっていた。 それを褒めるとふふんと得意げな顔をしているカイに、ついつい頬が緩む。 俺もちょうど食べ終わったところだったので、皿を回収して軽く洗い物を始める。 「食後の珈琲はいかがですか?」 「ほしい。さっきから珈琲のいい匂いしてた」 洗い物をしながらお湯を沸かしていたので、カイには内緒だがインスタントの珈琲を入れた。 ドリップの珈琲でも良かったのだが、洗い物が面倒だったのでここはインスタントを使わせてもらった。 当然カイの珈琲には俺の“愛”と一緒に牛乳を少し入れている。 俺も今日は珈琲にたっぷりと牛乳を入れて甘めにしていた。 カイにカップを手渡しつつ、俺はソファーに座っているカイの後ろに身体をねじこむ。 カイを後ろから抱き締めるかたちで座るとふぅと大きなため息がもれた。 「誉…どうかしたのか?」 「いや?カイがかわいいなって思って」 特に今日は誰かに絡まれたわけでも、何か差し迫っている事もなく平穏だった。 そんな平穏な日常の中で、食後にカイを抱き締めて飲む珈琲の何と美味な事か。 そういえば昼にまたブロックを掻い潜って満からメッセージが届いていたことを思い出したが、どうせ航の事だろう。 本当に俺を当て馬の様に使うのはやめてほしい。 やるなら俺以外にしてくれと思いつつ、カイの肩に額を着けてぐりぐりと擦り付ける。 そんな俺に珍しくカイが俺の頭を撫でてくれたので、嬉しくて頬をカイの頬につけて擦り付ける。 クスクスと笑い声があがったので、俺は幸せだなぁと思いながら手をのばしてテーブルにカップを置くとカイの腹へ手を巻き付けた。 満はどうせ航とよろしくやってるんだろうから本当に二人でどうにかして欲しい。 航は嫌々しているみたいだが、なんやかんや言っても本人はそこそこ楽しんでるみたいだが最近行動が大胆になってきているのでカイにバレないかと俺の方がヒヤヒヤしてしまう。 「カイ…今度駅前のカフェに一緒に行こうよ」 「前に言ってたところか?」 「そう。そろそろモンブランやシャインマスカットを使ったケーキとか出てくる季節だし、デートしようよ」 「で!デートはいいんだけど、ケーキ何個食べるつもりだ?」 「何個だろうねぇ?悩むよねぇ?」 俺が笑うと、カイはこちらを軽く振り返って仕方ないなぁと言わんばかりにため息をついた。 いつもと立場が逆になったみたいで面白い。 えへへとわざと甘えたふりをして今度はカイの背中にぐりぐりと額を擦り付けた。 カイからも笑い声があがって穏やかに夜が更けていくのであった。

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