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第12話

 和泉砂川(いずみすながわ)を押し退けて防空壕じみた囹圄(れいぎょ)を覗いた。真っ先に翠鳥(みどり)が目に入った。彼は天井から長く垂れた縄の輪に首を突っ込んで、下から青藍(あおい)に犯されていた。咲桜(さくら)はぎょっとして和泉砂川を突き飛ばして中へ踏み入った。青藍がひょいと首を仰け反らせて咲桜を捉える。その目は確かに彼の存在を認めたが、しかし何も言わなかった。少年の肉を犯すこと以外に興味がないらしかった。 「あっ、あひっ、ぁぐぅ!」  首に縄を嵌められた少年は窒息を恐れ、顔を真っ赤にしていた。青藍に従うしかない様が哀れである。そうきつくはない縄に咲桜は手を突っ込んだ。少年の首と縄の緩衝材にする。すでに彼の皮膚は粗い繊維に擦り切れていた。 「死んだらどうするんです」 「死んだら?死んだら俺の人形にしてやる」  青藍は鼻で嗤って、分からせるように翠鳥を突く。縄だけを引っ張って哀れな男児から首輪を外す。彼の跨いでいる乱れた真っ白な装束にとろとろと涎が落ちて色を変えた。可哀想な稚児を引き取ろうとする。しかし翠鳥は涙をぽろぽろと落として首を振った。 「翠鳥くん?」  充血して潤んだ目が部屋の隅を差した。そこに腹掛け股引姿が転がされている。腕を背で縛られていた。意識がないようである。 「何か脅したんですか」  咲桜は青藍に訊ねたつもりだったが和泉砂川が髪を乱しながらやってくる。 「脅したなんてのは人聞きが悪い。そのお稚児さんは自分で青藍の坊っちゃんに脚開いたんだぜ。それで哀れにも巴炎をお前さんに寝取られちまった()いの身体も慰めてくれるってこった。誰が悪い?誰も悪くねぇ。ただ強いて言ぇや、お前さんだな?」  飄々とした態度であった。内容は責め立てているが、その語り口は諭すようである。 「今夜も巴炎とアツい夜を過ごすってかい?羨ましいね」  どす、と咲桜は腹に衝撃を感じた。視界が揺れる。腕を捻り上げられ、気付くと畳に伏せていた。背中に和泉砂川が()しかかっている。 「あっ、ひ……あ、咲桜さま……、あんっ!」  上下に激しく揺さぶられていた翠鳥が青藍から鼻先を背けた途端、さらに勢いが増した。 「咲桜さ、………ひどいコト、ぁんっ、しな、で……や、あっアぁッ!」 「翠鳥。お前は俺だけ見ていればいい。野州山辺の客人が恋しいのか?諦めろ」  縄から解き放たれた男児の身体は(はだ)けた白装束の上に倒れかけてしまう。小さな臀部では耐えられないような衝突が起こっている。 「あ、ひっあっうっ!」  天を仰ぎ、口を開いて垂涎(すいぜん)する様は胸が苦しくなるほど痛々しかった。しかし青藍はそうは思わないらしい。少年の身体を壊すのも厭わないようである。 「やめろ!」  咲桜は叫んだ。和泉砂川によって両手は拘束されていた。だが構わず、青藍に吠える。すると頭の後ろから伸びてきた手によって口腔に布を詰められてしまった。あまりの乱暴さに嘔吐反射が起こったけれど、吐き出すことはできなかった。 「野州山辺の客人も(たぶら)かしたのか、翠鳥。悪い子だ。俺だけでは満足ができなかったか?」  16、7にしてはまだあどけなさの残る腰を掴んでいた手が片方離れた。白い袖を振って払うと大きく開かれた膝と膝の間に潜り込ませた。愛らしい膝先が震える。 「あっ、あっ……!」 「客人は野州山辺に忙しい。お前みたいな野良猫に本気になるわけなかろう。悪い子だ。お前は一生、この片輪(かたわ)の娼婦で終わるんだ」 「あ、んっあっ、あうぅ……!」  くちくちと音がした。翠鳥は背筋を反らした。羽化を思わせる。 「なぁんか、この前より反応悪ぃな。どうしたぃ。気分じゃねぇ?」  乱入者を縛り一仕事終えた和泉砂川は顎を撫でて青藍に合流した。 「くだらん薬でも飲み忘れたんだろう?翠鳥。今日は粗相しなくて済みそうだな」 「可愛かったんになぁ。あのまんま白目剥いててくれたら家まで持ち帰ったでな」 「生憎これは貸し出してない」  青藍の上に跨る翠鳥の裸体に和泉砂川の手が絡み付く。若い野生動物を思わせる瑞々しく引き締まった胸を擽っている。 「あっ、あっうッ」  少年の身体が数度に分けて脈打った。果てたのだ。青藍が鼻を鳴らして冷笑(せせらわら)う。 「偉いな、ぼうず。かわいい。また漏らすか?」 「漏らすか、翠鳥。いいぞ」  和泉砂川が射精直後の少年の頭を撫でた。傷んで乾いた髪がしゃらしゃら鳴っている。青藍の純白の袖も同じような衣擦れの音を立て左右の手で翠鳥を責め苛む。 「あ、あひ、も……青藍さま、あっ、ゃら、あうぅ!」  忙しなく青藍の白袖が動くのを咲桜は呆然と見ていた。 「噴きなってほら、女子(おなご)みたいに」 「翠鳥。みっともなく漏らせばいい」 「や、ら………、やら、あっあっ、青藍さま、青藍さ……赦し、」  和泉砂川は嬉々としていた。青藍は冷淡な中にどこか上擦った声をしている。哀れな獲物は泣きそうにして懇願するが、果たしてこの鬼が人に化けたようなのはそれを聞くであろうか。 「高田馬場(たかだのばば)クンに見てもらわないと噴けないんか?連れて来る?」 「あひ、あっあぁ、!」 「やめておけ、鹿楓(かえで)。クセになる。一生ここに居る人間じゃない」 「ほぉ」  和泉砂川と目が合った。何か含みのある視線である。 「果てろ」  熱心に少年を甚振る青藍の声によってぶつかった眼差しが断ち切られる。和泉砂川は野州山辺の当主とはまた別に青藍を可愛がっているらしい。一挙手一投足に苦笑しているが表情が柔らかかった。哀れな庭番などは可愛い弟分が面白がっている玩具程度の認識なのだろう。そう広くはない稚児の胸を捏ね繰る。 「ぁ、出る、出る、出ちゃ……ッや、ああ、!」  びしゃ、と水溜りを踏みつけるような音がした。翠鳥はまた背筋を反らし、前を繁吹かせた。 「あ、あ、止ま……んな、あっぅう!」 「困ったヤツだな、翠鳥。いくつになったんだ?」  青藍は濃霧をその腹に浴びた。白装束がぐっしょりと濡れる。 「可愛いなぁ、お翠鳥(みど)さんは。ほら、(やつがれ)のものも可愛がっておくんなまし」  息も絶え絶えに腰を揺らす子供の髪を和泉砂川は撫で回す。 「お口もらっていいんだろ?」  大人の手が苦しげに呼吸する少年の顎を捉えていた。それでいて話し掛ける相手はこの玩具の持主に対してである。 「待て。お前のものを舐めることになるのは嫌なんでな。翠鳥、おいで。舌を吸ってやる」  青藍は意識の朦朧としている色小姓の腕を引いてその口を熱心に吸う。親鳥から雛鳥への餌付けに似ていた。2人の唇の狭間から赤々とした肉厚な花弁の絡み合うのを咲桜は呆然と眺めていた。 「おアツいこってす」  顎を撫でて和泉砂川が言う。やがて口付けが解かれると、翠鳥は青藍を咥えたまま身体の向きを変えた。 「ご奉仕、させてくださいまし………」  虚ろな目が主人の友人を見上げる。おそるおそるその股ぐらに手を伸ばした。 「いい子だねぇ、翠鳥。いい子だ」  硬さのある髪をしゃりしゃりと鳴らして筋張った大人の男の手が子供の頭を撫でた。すると気に入りの(ちん)みたいなのに背を向けられた青藍は小さな尻を摩りながら鼻で溜息を吐いて身体を起こした。和泉砂川が脚の間に子供を埋めながら可愛がっているらしい弟分を見遣った。彼は片脚で均衡を取り、近くにあった座布団を切断された膝下に添えた。そうして翠鳥を後ろから犯す。 「んっ、ぐ」 「驚いちまったなぁ。いい子だ。にしても、随分と手厳しく躾けたな、お青藍(あお)さんよ」  あまり手触りは良さそうではない毛並みを好き、和泉砂川は意地の悪そう口角を吊り上げる。 「本業はこっちだからな」  がつ、と肉と肉の衝突が起こった。 「んっ!ふぅ………っん」  くぐもった声は苦しそうでもあれば甘くもあった。咲桜は口に布を詰められながらもやめるよう叫んだ。青藍はまったく反応しなかったが、和泉砂川はへらへらと笑って咲桜を一瞥する。 「高田馬場クンはこの後巴炎としっぽりなんだろ?」  嫌味たらしくそう言っている最中に彼の視線が側められた。咲桜もつられてそのほいへ向く。縛られて転がされていた菖蒲馬がもぞりとして動いた。 「お前の()い人が起きたぞ、翠鳥」  青藍が言うと、串刺しにされた魚みたいになっている哀れな少年は和泉砂川から口を離そうとした。しかしそれを赦す相手ではなかった。傷んで色の抜けつつある髪を(くしけず)っていた優しい所作はどこへやら、その手は草毟りをするかの如く狗を虐待しはじめた。今まで自らその口腔を抉じ開ける素振りなどなかったくせ、和泉砂川は強靭な腰で若い庭番の喉を突き刺した。 「ぐ、うっ、ぅぐ………っ、ぁ」  激しく嘔吐(えづ)く声は聞いているだけでも嘔吐反射を催す。 「翠鳥さん!」  菖蒲馬は両腕を背中で括られたまま立ち上がる。 「(それ)をお離しくださいまし」 「庭番風情が」  少年を後ろから貫く青藍が吐き捨てた。和泉砂川のほうは股のものを頬張る玩具の首を絞めて抽送を繰り返していた。 「おやめくださいまし……、おやめくださいまし!」  菖蒲馬は肩を割り込ませて和泉砂川と翠鳥を引き離そうする。しかし青藍のほうはまったく構わず稚児の尻に腰をぶつける。 「あひっ、んっ、」 「翠鳥。お前がきちんとお前の好い人を諌めてやらないから、俺の客人が粗末にされたぞ。どうする?」 「お~、お~。ぞんざいに扱われて泣きそうよ、俺ぁ」  青藍と和泉砂川に嫌味を言われ、翠鳥は虚ろな目に涎を垂らしながらやっと菖蒲馬を捉えた。 「だい、じょぶ……菖蒲馬く、………おで、だいじょ………っぁうぅ!」  乾いた音の間隔が狭まった。 「勘違いするな、庭番。これは売男(ばいた)なんだ。カラダを売って飯を食う、それが本業で、庭いじりは二の次だ」  菖蒲馬の色の悪い顔がさらに青褪めている。 「あ、あ、あぁっ!」 「見とき、庭番くん」  立ち尽くす菖蒲馬の肩に和泉砂川は手を置いた。しかし、この防空壕みたいな囹圄の戸が叩かれて激しかった空気の流れが一瞬にして滞る。 『叔父さん、叔父さん。本を返しに来たんだけど、入っていいかな』  灼鯉(あかり)の声だ。咲桜は自分がこの場に存在していることを寒気が走ったことで思い出す。 「少し待て」  青藍は犯していた狆みたいなのの尻を叩いてから和泉砂川に合図を出した。和泉砂川はけらけらと笑って頷くと、部屋の隅から厚手の大きな布を引っ張り出してきた。金糸や銀糸をふんだんに織り込んだ豪奢な生地で(たわ)む感じからして堅そうである。それが床に這い(つくば)っている咲桜に被せられた。菖蒲馬も和泉砂川に蹴りを入れられ部屋の物陰にしまわれる。この青藍の監禁されている穴蔵は大量の本が積み重ねられ、間仕切りのような役目を果たしていた。そこに縛ってある寡黙な男を放り込んでおいても目隠しにはなってしまった。和泉砂川も身を潜める。青藍は室内を見渡してから哀れな狆の尻をまた叩く。 「甥よ、入れ」  戸の開く音がする。がつ、と青藍は可愛い狗を腰で甚振った。 「ぁひっん」  しかし青藍も入ってきた灼鯉もまるで鳴き声には気付いていないように話す。 「本なら好きに持っていけ」 「本じゃないです。お客さん、こっちに来てると思ったから」 「これ、から聞いたぞ」  叔父は甥の前にもかかわらず稚児を虐待する。乾いた音が数度響いた。 「あひ、あっあっんっあああ!」  喉の擦り切れるような高い嬌声は翠鳥の絶頂を告げている。 「来てないならいいんだ。どこにも居なかったから。お父さんのところかも」 「大切な一人息子の割りには肩身が狭いな」 「仕方ないよ」 「甥よ、おまえはいい息子だ。いい息子過ぎると、おまえの父親(てておや)もおまえのことをうっかり忘れる」  その腰に繋がっている狗ころみたいなのがあひあひと痙攣して鳴いているとは思えないほどに青藍に声音は穏やかだった。 「うーん、でも迷惑かけられないからね。不満はあるけどさ……お父さんも遊びたい盛りに子持ちになっちゃって、好きなことできなかったんだし」  灼鯉は誤魔化すように笑った。 「見合いはどうした」 「多分、この前話した子だと思うな。声は可愛かったよ。顔は分からないけど。だから目、瞑ってれば多分大丈夫」  また灼鯉はその場を凌ぐような作り笑いの声を上げる。 「例の客人に付き添ってもらえばいいだろう。随分な懐きようじゃないか」 「さすがにそこまで迷惑はかけられないよ。結局は、他所(そと)の人なんだし」  彼の声が沈んでいく。 「頼られたら嬉しいんじゃないか。我慢するものじゃない。少しは甘えるのも良かろう。おまえもまだ15。父親(てておや)があれでは、他の人間に役割を求めるのも仕方のないことだ」  咲桜の視界は閉ざされていたが、翠鳥が苦しそうに呻いた。力尽くで抱き締められでもしたのだろう。 「俺は早いところコレを(つま)にして、さっさと死にたいものだ。例の客人をここに閉じ込めて、相談役にでもすることだな。俺の言えることはそれだけだ」 「あーあ。叔父さん……ダメだよ」  灼鯉のおどけた溜息が聞こえる。 「咲桜さん、ここにいるんでしょ?咲桜さん、聞いてる?冗談だよ。閉じ込めたりしないよ。本当に。でも秋まではここにいてよ……そしたら、僕も色々忙しくなるからさ」  咲桜は息を潜める。 「ここには来てないぞ」 「え、そうなの。恥ずかし」  青藍は頷いたのかも知れない。 「じゃあ、また探さなきゃ。やっぱお父さんのところかな。ごめんね、叔父さん。1日に何度も」 「構わん。好きに来ればいい。おまえの家の敷地でもあるんだ」  微かな衣擦れと足音が聞こえる。それから青藍がすぐに呼び止めた。 「甥よ。おまえはいい(せがれ)だ。だがそれが、おまえの父親(てておや)の幸せで、おまえ一個人の不幸せだったのかも知れない」 「……叔父さん。そんなふうに言われたら泣いちゃうよ。でも、ありがとう」  戸が閉まる。咲桜は分厚い布の下でぼんやりしていた。 「ふぅん。やっぱり高田馬場クンは、今晩は巴炎としっぽりのご予定だったんかぃ」  生温い静寂を打ち破ったのは和泉砂川だった。被せられた絢爛な布を剥がされ、咲桜は鈍い白熱灯に目を眇める。 「この家の当主は男遊びがやめられないのは本当のようだな」  青藍は兄を嗤い、それでいて彼も庭番を色小姓みたいに扱っている。湯中(ゆあた)りしたような子供はぐったりしている。  和泉砂川は咲桜を見下ろした。 「巴炎のお稚児さんがここにいるんじゃ、()いが巴炎のとこに行ってやろうかな」  それは挑むような物言いだった。逆光しているが陰険に笑んでいるのが薄らと見える。 「巴炎さんに、ちょっかいをかけるな……!」 「新参者が言うじゃぁないのぉ。あのカラダを何年も十何年もかけて(ひら)いたのは俺いだぜ、若造」 「やめろ。よせ。誰が実兄(あれ)のそんな話を聞きたいんだ」  和泉砂川と咲桜の間に嘴を()れて青藍は男児との結合を解いた。 「すまないな、翠鳥。萎えた」  粘こい白濁が交わっていた箇所から漏れ出る。 「あ………ひぃ」 「かわいいな」   意識の朦朧としている小柄な肉体を抱き寄せ、堅い髪に頬擦りまでしている。 「青藍はお稚児趣味でいけない」  和泉砂川は肩を竦めた。そしてもう一度咲桜を見下ろす。 「今日はここで休みやっせ。俺いが巴炎とよろしくやる」  だが外へ行こうとした和泉砂川の前へ菖蒲馬が立ちはだかる。 「行かせません」 「おー、庭番の(あん)ちゃんもいたな、そういや」  菖蒲馬は叱られた子みたいに目を伏せる。 「旦那様の元には行かせられません」 「行ってみて、ダメかどうかは巴炎が決めるだろうよ。あれも30の、しかも父親だ。自分のことは自分で決められる」 「行かせない」  菖蒲馬は俯きがちなまま首を振った。 「庭番。庭番の分際で生意気だ。当主の客人にどういう料簡(りょうけん)だ?」  青藍が横から口を挟む。彼はうでのなかで伸びてしまった猫みたいなのを撫で摩っている。先程までの暴力的な陵辱が嘘のような柔和な手付きである。 「ですが……」 「代わりに躾けてやってくれ、鹿楓。家主の客人を立てられない庭番などは、いずれ家主にも盾突く。危険なことだ」  和泉砂川は愉快げだった。何の躊躇いもなく菖蒲馬の腹に蹴りを入れる。長身痩躯が転がった。鈍い物音に、青藍の腕褥で伸びていた稚児が身体を起こす。 「菖蒲馬く……っ」  落とし物を拾うように這い出る彼に長い腕が絡みつく。 「翠鳥。躾け中だ。邪魔をするな」  悪戯をする飼猫を回収するが如く、彼は小さな身体を抱き上げて膝に乗せる。獣毛も洞毛も尾もない猫は潤んだ目を暴行に晒された庭番仲間に向けていた。 「結局巴炎を見殺しにするクセに、巴炎の味方ぶるのやめな?」  和泉砂川は横たわる長身に(にじ)り寄る。 「巴炎(あれ)は甚振られて嬲られて犯されるのが好きなんだよ。なんでか分かる?分からないよな。分からない。生きてるって感じがするからだよ。お前さん等は寄り添って守って支えてつもりなんだろうけど、そんなのは死ななきゃ手前の存在価値も否定される巴炎(あれ)の前じゃ、ただの重荷だよ。意識の内に入りもしねぇってこった」  美貌を足の裏で転がし、彼は咲桜にも視線をくれた。 「巴炎(あれ)のカラダはヨかったかぃ。優しく抱いてやったのか。その優しさを、お前さんはあれの最期にはくれねぇクセによ。野暮なことしやがる。男は抱く時だけは優しいからな。中途半端な慈悲がどれだけ残酷か、そらお前さん等が知る(よし)なんざねぇわな」  そして肩を竦める様が演技がかっている。 「そのとおりですね。オレもそう思います」  咲桜は言った。和泉砂川の目付きが変わる。 「他所者は物分かりがよくてよろしいな。山中(ここ)じゃ()いがキ印扱いだ」  彼は鼻で嗤う。 「陸前高田様……!」  踏まれた頭を持ち上げ、菖蒲馬の怒りは咲桜を矛先にしている。 「オレは最初からそう言っています。理解できません。どうしてそんなに巴炎さんを殺したいのか……無駄死にもいいところだ」 「先代、先々代も無駄死にだったと認めたくないんだろう。親父も祖父(じい)さんも曽祖父(ひぃじい)さんもあれが無駄死にだなんて知れて、無駄死にだなんて認めたら、村人一同は息が詰まって生きちゃいられない」  青藍は色小姓をその手で愛でながら嫌味たらしく口角を上げた。 「だからこれからも、やめないんですか」 「そうだろうな」 「くだらない」  咲桜は小さく唸って起き上がる。手首に縄が食い込んで痛んだ。 「もっと早く高田馬場クンが来てくれたらな。青藍が片輪にされなくても済んだかもな」  腹癒せなのか和泉砂川は菖蒲馬に追撃した。青藍の腕の中で色小姓が前にのめる。 「やめて……、やめてくださ……」  菖蒲馬を踏み躙っていたのは青藍の腕の中を顧眄(こべん)する。 「ごめんなぁ、翠鳥ちゃん。ンでも俺いも、赦せるもんと赦せんもんがあんのよ。これは後者。大事なもん1つ傷付けられて、もうひとつ大事なもん奪われようとしてんだわ。それに寛容を示すこいつは俺いの敵なんよ」  しかし翠鳥は凍えたように戦慄しながら首を横に振る。 「菖蒲馬くんが悪いワケじゃないです。決まり事だから……菖蒲馬くんだってお屋形様のこと、別に……」  怯えを隠せないくせ、仕事仲間を庇う様は哀れみを誘う。咲桜も嘴を容れなければならない気にさせられた。 「彼とはオレも言い合いをしました。ですが彼の決めた仕来りではないのでしょう。この閉鎖的な村社会では、保守的な多数派に流されるのが無難で安全です」 「皮肉なことだ。今はそいつが少数派だぞ」  青藍が間髪入れずに言った。冷たげな手が懐かない愛猫を忙しなく撫でている。 「選びなさいよ、色男。巴炎の短い享楽に付き合うか、手前さん等のとんでもねぇ伝統(こだわり)で雁字搦めに苦しめてやるか」  爪先がぺちりと庭番の美貌を小突く。彼はいつもの癖か目蓋を伏せる。長い睫毛が悩ましい色気を漂わせる。 「(わたくし)は……私は、旦那様に役目を全うしていただきたく存じます」  きん、と甲高い物音は金属の擦れるときのものだった。 「哀れだね。青藍は意見の相違によって片輪になった。お兄さん、お前さんは意見の相違によって死にやっせ」  和泉砂川の手には小刀が握られている。白熱灯に炙られ輝いていた。 「やめて……やめて……」  翠鳥が顔を覆って喚く。振りかぶられた白刃を認めたとき、咲桜は咄嗟に床を蹴っていた。肩甲骨の辺りに嫌な質感と妙な熱があった。

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