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第3話 変化【木ノ下と眞那斗】

「……ここどこですか」 「大学の研究所」 「けんきゅうじょ!!!か、帰りますっ」 「いいから。黙ってろっ」 「……………………」 強い口調でたしなめられ、俺は黙った。 相変わらず真っ直ぐ歩けないので、抱っこされている。いや、おんぶで十分なのに抱っこって恥ずかしくないか。暴れても木ノ下さんに敵う筈はなく、しょうがなく耐えた。 俺が通っていた大学とは随分違う。重厚な古い建物は、何十年もの間沢山の研究を行ってきたであろう歴史を感じさせた。外は初夏の陽気なのに、建物内には不気味な冷気が漂っている。閉ざされた空間は、来るもの全てを拒んでいるように感じた。 冷たい廊下を進んだ先に、例のお医者さんが待っているようだ。 「こんにちは。木ノ下と申します。末野原翔吾センセ、いますか」 「…………あ、木ノ下さん……お待ちしてました。末野原先生はこちらです。どうぞ」 木ノ下さんが室内へ入ると、数人いた女の人が色めき立つのが空気で伝わってきた。俺は抱っこされているため、背中でしか分からない。必然的に俺に視線が集まる訳で、羞恥から木ノ下さんの首へ潜るように縋りついた。 薄ら眼で辺りを伺う。白衣の人が沢山いる。いかにも研究所らしい風貌だ。 机の上には、膨大な資料とパソコン、棚には難しそうな本やファイルがズラリと並べてある。 案内された奥の部屋に入るなり、長身の男の人に覗き込まれた。 「優樹、待ってたよー。もう来ないかと思ってたんだ。この子が例の……狛崎君、だ。うわぁ、本物だよね。ねえ、顔見せて」 長身に挟まれている。2人の圧が半端ない。 「狛崎。降りて挨拶できるか?」 ずるずると抱っこの体制で、下へ降ろされる。まるでコアラのようだとぼんやり思った。 さっきよりは気分も良くなり、目眩は大分解消されている。俺は覚悟を決めて深呼吸をした。 「狛崎眞那斗です。歳は……」 「24歳だよね。優樹から聞いてる」 「よろしく……お願いします」 末野原先生は、まじまじと俺を見つめた。 「よろしく。末野原です。ここは、哺乳類と人間の研究をしています。僕は主に狐や狸が専門です」 「……狐……」 「本当に、君は狐人間なんだね。見た目では全く分からないよ。大丈夫。僕は医師免許も持ってます」 「あ、あの……」 「ん、何?」 「俺が狐なことは誰にも言わないでもらえますか」 「絶対に言いません。医師には守秘義務があります。君は僕の研究対象ではなく患者だ。優樹からも太い釘を何本も刺されてる」 にっこりとする末野原先生は、なんだか胡散臭い。俺はたじろぎそうになるが、木ノ下さんが隣で支えてくれたため、何とか持ち堪えた。

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