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第3話君に拾われた日から
ガリガリの雄狐は傷だらけだ。新しい傷から古いものまで、そこらじゅうにある。1番驚いたのは、尻尾が切断されていたことだ。
狐にとって尻尾は命の次に大切と言っても過言ではない。性感帯でもあるそこは、引っ張ったり上から押さえても痛かったりする。ましてや切るなんて、想像を絶する苦痛に違いない。見ているだけで痛々しい。これだけ色々見てきた俺でも、尻尾のない狐を見たのは初めてだった。
肋が浮いた胸にぬるま湯をかけてやる。血や泥がさらさらと落ちていった。
まだ生きているようだった。規則正しく胸が上下している。寝ているのか、気を失っているのか、どちらか分からないくらい微動だにしなかった。
とにかく清潔にすべく、石鹸で身体中をくまなく洗う。後孔も予想通り傷だらけで他の部分と同じく軟膏を塗る。
驚くべきことに真っ黒に見えた髪の毛は、鮮やかな赤であった。赤毛の狐も珍しい。
おそらくこいつは孤児として生まれ、物心ついた辺りから盗み等をして生き延びてきたのではと推測ができた。チンピラのコロニーは無法地帯なため、強姦や虐待は普通にまかり通っている。俺はそれが反吐が出る程嫌いだった。見て見ぬふりをする老狐どもには殺意しか湧かない。
真っ黒になった湯を抜き新しい湯を張る。それでも反応がない。何度も洗い、湯が透明になったところでタオルに包み、ソファへ寝かせた。
目が覚めたら、どうしたいか決めてもらわなくてはならない。ここで生きるか再び放浪するか。ここなら何かしらやることはあるだろうけど、全ては自分で選んでもらう。
コーヒーを飲みながらパソコンの電源を入れた。俺の部屋はアンダーグラウンドの端にあるため、どこよりも静かだ。喧騒から離れられるため、執筆活動には向いていた。
間もなく、周りも気にならないくらい作業に没頭する。
「…………七瀬さん、いますか?」
拓の声で我に返る。日はとっくの前に落ち、辺りは真っ暗になっていた。
「ああ、いるよ。何だった?」
「配送時に気になることが」
拓が尋ねてきた。
アンダーグラウンドは規模に差があり、そこに住む狐の数も違う。例えば、シャッター商店街が住処のところもあれば、ゴーストタウンがまるごと狐の町だったり、廃墟のビルだったり様々だ。ちなみにここは、そこそこ大きいシャッター商店街である。
「北はずれのコミュニティで、とてつもなく重犯の狐が逃げ出したって聞いたんです。そいつは赤毛らしく、さっき七瀬さんが拾ってきた奴はどうだったかなって……」
「どうだったかな……後で確認しとく」
「あっちで必死になって探しているって。何か情報があったら俺にください」
「分かった。すぐ教える」
赤毛は入口から死角の場所にいるため、拓の視界へ入らない。
拓には北のコミュニティに好きな子がいる。その子の親がコミュニティのまとめ役をやっているせいか、北には恩を売りたいようだった。
(拓には悪いけど、赤毛を調べてから北に引き渡すかどうか決めたい)
簡単な明日の打ち合わせをして、拓を部屋へ帰るように促した。
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