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最終章 優しい腕の中で

成界side 「嘉月先生!」 「せ、かい……?」 「……っ」  隆文さんから電話が来て慌てて向かえば、嘉月先生が広いベッドの上で身体を小さく丸めていた。半年近く見ないうちに更に細くなってしまった身体で、荒い呼吸をしている姿は痛々しかった。それなのに、俺が近づくと、ゆっくりと仰向けになって俺の方へと手を伸ばしてくる。 「すこし、つかれてる……?」 「だって、あなたが倒れたって!」 「しごと、は?」 「そんなのどうでもいい!あなたが優先です!」  自分の方が大変なくせに、俺の心配をする彼に少しだけ大きな声を出してしまった。それでも熱に浮かされて、ぼんやりとしている彼は、そのまま俺の頭を抱え込んで小さく抱きついてきた。 「……あのね」 「はい」 「……ぎゅって、して」 「はい」  ヒートのせいか、少し口調が幼くなった彼に、触れてもいい許可がもらえた。力を加えれば、すぐに折れてしまいそうな彼の身体を優しく抱きしめると、俺の腕の中で小さく息を吐く。 「うれしい、ヒート、いつも、ひとりだったから」 「……」  恐ろしいほど熱い身体で悲しいことを言う彼に、抱きしめる力が自然と強くなってしまう。 「たかふみも、だめだったのに、なんで、せかいは、へいきなんだろう?」  さりげなく下の名前で呼ばれて、胸が異常に高まってしまう。 「それは、俺にも分からないです。」 「……わから、ないの?」 「ええ。でも、俺は嬉しいですよ。」 「……うれしいの?」 「ええ。あなたに、受け入れてもらえた気がして。」  俺の肩口に、顔をこてんと乗せた彼の髪を優しく撫でれば、腕の中で小さな身体が身動ぎ、ぱっと顔を上げた。 「うん……けいね、せかいのこと、すき……」 「……!!」  自分のことを京と呼び、あどけない口調で投下された告白は、凄まじい破壊力を持って見事に俺の心にクリーンヒットした。 「せかいは……?けいのこと、すき……?」  ぐりぐりと再び肩口に顔を埋めた彼は、今にも消えそうな声音で聞いてくる。なんだこの可愛い生き物は?これまでの嘉月先生はどこに行った? 「好きに決まってるじゃないですか!」 「うれしい……だれにも、いわれたこと、なかった、から」  けれども、やっぱり彼は悲しことを言った。 俺は嘉月先生の両頬を手のひらで包んで、その小さな顔を上げさせる。そして、彼の色素の薄い綺麗な瞳を見つめて告げた。 「嘉月先生。俺は、あなたのことを愛しています。 今も、これから先も。」  途端に彼の瞳から、ほろりと雫が落ちた。 「うれしい、ゆめ、かなぁ……?」 「現実です。勝手に夢にしないでください。」 「ほっぺ、つねって」 「信じられないんですか?」  今日はずっと可愛いことを言う彼に、思わず笑ってしまう。笑った俺に、嘉月先生はつねろうとしていた頬をぷっくりと膨らませて、怒ったような仕草をする。 「だって、こんなに、しあわせなの、はじめて」  声音も怒ったようにしていたが、可愛いことに変わりはない。だからか少しだけ意地悪をしたくなって、ヒートで感じやすくなっているであろう耳元でわざと俺は囁いた。 「これからは、ずっと幸せですよ。」 「ずっと?」  予想通り、身体を震わせた彼の瞳は潤んでいたが、確かに俺を映していた。 「はい。俺が、あなたを不幸になんてさせません。」 「ほんと?」 「本当です。一生の、約束です。」 ◇◇◇ 京side 「ハァ……からだ、あつい」  絶え間なく襲ってくるヒートの熱に、弱音を吐いてしまう。しかしそれも、そんな俺を受け止めてくれる相手が、すぐ傍にいるからだ。 「しんどいですか?」 「ちょっと、だけ……」  それに、さっきよりかは思考が戻って来た気がする。その証拠に、優しい成界の声がクリアに聞こえた。 「触れても、いいですか?」 「ん、いいよ」  ひんやりとした彼の手が、気持ち良い。 「キスは?しても?」 あ、キスもしたい。でも、それはちょっと不安かも。 「いい、けど、したら、もっとしたくなっちゃう」  腹を括って正直に言えば、成界の俺を抱きしめる力が強くなった気がした。そしてまた、低い声で優しく囁かれる。 「もっと、してもいいですか?」 「だめ、だって、ここ、たかふみのじっか……」 「俺の家なら、してもいいってことですか?」 「……それなら、いいよ」 うん、それなら遠慮とかしなくていいよね。声とか。色々。 「嘉月先生。よく見て。」 「……へっ?……あれ?」  成界に促されて見上げた天井は、隆文の実家とは違った。少しだけ、狭い感じがする。もちろん、住む分には充分なのだけれども。 「ここ、俺の家です。」 「あ……いつのまに?」 「やっと、目を覚ましたから。」 「いっぱい、ねてた……?」 「ううん。少しだけです。でも、俺の家に連れてくるのには充分でした。」 「そっかぁ……」 うわ、かなり恥ずかしいかも。寝てる間に抱っこされて、ここまで来ちゃったんだ。 「嘉月先生、続きをしても?」 「うん、いいよ、おれも、したい……」 「……っ」  おずおずと応えれば、成界の息をのむような音が聞こえた。かと思えば、次の瞬間には、俺は成界の匂いいっぱいに包まれていた。

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