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26.湯けむりで目隠し 43

こんな時になんで笑ってんだ! 早くはねのけてしまえ! って、思いながら覗き見た修平の顔は、口元がニヤリと動きその目は面白そうに微笑んでいて、この状況を楽しんでいるようにも見えた。 …………修平が笑ってる。 別にそんなの大したことなんかじゃ全然ないのに、何故か修平の表情を見た瞬間……。 思いのほかショックだった。 それは俺も予想外の感情で、その感情を処理しきれないうちにまた部屋の中からバタンッと音がする。 それは、修平がさっきまで押し倒されていたにも関わらず一瞬にして体制を立て直し、あれよあれよという間に……今度は逆に東海林のことを組み敷いていた音で。 すると何がおかしいのか東海林まで笑い出し、そのあとはそのままの体制で2人してクスクス笑いあっていた。 なんなんだ。2人で何やってんだ? 一瞬にして目の前で次々に変化する出来事に頭が全くついていかない。 修平は普通に声を荒らげると思っていた。 「やめろ!」って強い口調で言うもんだと思ってた。 それに修平があんなに面白そうに笑っているところを、自分に向けて以外に見たことがなかったのに。 笑い声が収まると東海林が口を開く。 「お前にやられるとか有り得ない」 「自分が上だと思った?」 「当たり前だろ」 もう会話で判断できるような余裕は俺に残ってなかった。 ただ、胸の真ん中に現れた小さなモヤモヤがどんどん大きくなってくる。 修平が俺と2人のときに見せる笑い方と他の人に笑いかける声色の違いくらいずっと一緒にいたからわかるんだ。少なからず俺はそれで優越感を抱いていた部分もあるわけだから。 でも、さっき東海林に笑いかけた笑い方は……。 いやいや、普通のプロレスごっことかだろ? よくやるじゃん。普通じゃん。 頭では何事もなかったように処理しようとしてるのに、目の前で起こった出来事や東海林と修平の会話とかがぐるぐる回ってモヤモヤしてしまう。 モヤモヤなんかしたくないのに。 でも、修平がさっき東海林に笑いかけた笑い方はいつもみたいに俺以外の人に笑いかけるときの笑い方とはまた違っていた。 それだけ東海林に気を許してるってことなのか? って思ってしまって、……それがなんかショックで、それに2人して笑ってる空間が2人だけのものみたいに見えてしまって。 しかも変な言い方だけど……。 …………なんだか似合ってて、妬けた。 軽く息を吐き出すとかぶりを振り一度冷静になろうと、俺は何も言わずにその場を離れた。

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