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27.水面にひとつ 19
そして急いで靴を履いていると修平があわてた様子で追いかけてくる。
「ち、千秋! どこに行くんだ!」
「離せ!」
掴まれた手を振り払い、それでも修平が腕を掴もうとするから体ごと力一杯突き飛ばして、修平は玄関で尻餅をついた。
その瞬間、張り詰めていた糸はぷっつりと切れてしまった。
俺は修平に背を向けてドアノブを握り締める。
「……もう、疲れた」
俺たちはどこでボタンを掛け違えてしまったのだろう。
いや、この場合掛け違えたのは俺の方か。
「え……?」
修平の力ない返事が耳に入って切ない。
今、修平がどんな顔をして聞いているのか振り返る勇気すらなくて、俺は自分のことしか考えられなくて、心は鉛のように重くなる。
「男同士ってさ、何の保障もないじゃん。女みたいに結婚も出来なければガキだって出来ないし。……その上、頼りにされてないなら……一緒にいる意味、ないだろ……」
ドアノブを握り、ゆっくりと回した。
それはいつもより冷たく感じ、そしていつもよりも重く感じた。
出てはいけないと思う。
謝ればまだ間に合うって、そう思っているのに体は部屋から出よう出ようと足を進めてしまう。
昨日、ここでキスしたのに。
何度も抱き合った場所なのに。
扉を開けて、そのドアが背後で閉まった音でハッとした。
一緒にいる意味ないって……自分で言った言葉なのに胸に刺さって苦しくてうまく呼吸すらできない。
いろんなものが溢れ出して痛くて、辛くて前すらよく見えなくなる。
ここで引き返せばまた違ったかもしれなのに、俺の体は言うことを聞いてはくれずに、修平とまた向き合う勇気が持てず、気付いたらたまらなくなって逃げるようにその場を走り去っていた。
エレベーターを待つのももどかしくて階段を駆け下りていく。
部屋着のまま出て来てしまったからポケットには小銭が少し入ってるだけで、自転車のカギも持ってないしスマホも置いてきてしまった。
でもとりあえずここから離れたくて当てもなく走っていく。
外に出るには薄すぎる格好だから寒い。
けど走っていれば大丈夫な気がした。
足を進めてマンションから遠ざかれば遠ざかるほどに涙が滲んでくる。
……終わったと思った。
俺は馬鹿だ。
自分で全部壊してしまった。
昨日、修平と話そうって決めたはずなのに。
俺のために帰って来てくれたのに。
がむしゃらに走って、泣いて、気持ち悪くなって少し吐いた。
止まると余計に罪悪感とか後悔とかがのしかかって来て、押し潰されそうになって事の大きさを実感したんだ。
俺……取り返しのつかないことをしてしまったんだって。
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