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第28章 長いながい一日 1

かなりがむしゃらに走っていたら、いつの間にかバイト先の近くまで来ていた。 走るのをやめると汗でしっとり湿った肌に冬の冷気が触れて一気に熱を奪われる。 本当ならどこかに入りたいけど、なんせ小銭しか持ってないし、スマホも忘れたから誰かに連絡を取ることも出来ない。 ……さっきはごめんって素直に帰ればいいだけの話なのに、それも出来なくて途方に暮れたまま、まだ開店前の喫茶店を覗いた。 空は明るくなったけど、さすがにまだ早すぎるよな……って思った矢先にまたくしゃみが出る。 そしてブルブルっと悪寒がしてこれは本格的にやばいかもと思い始めた時、後ろから声を掛けられた。 「あれ? 千秋くんじゃないか。こんな早くにどうしたんだい?」 声を掛けて来たのは店から出てきたマスターだった。 「あの、ちょっと……いろいろあって」 苦笑いをしている俺にマスターはそれ以上何も聞かず「寒いから」と言って店の中に入れてくれた。 そしてカウンター席に座るように言って俺の前にカップを置く。 「さ、これを飲みなさい。温まるから」 そう言って出してくれたのはホットミルクで、それは本当に温かくて甘くて、冷え切ってた体や心に染み渡るようだった。 「はぁー……ありがとうございます。とても美味しいです」 「それはよかった。それにしても千秋くん、薄着だけど寒くないの?」 「あ、マスター。航に電話してもらえませんか? スマホ忘れてきちゃって」 するとマスターは店の電話から航に掛けてくれて、その受話器を受け取った。 *** 暫くすると、さっきよりいくらかスッキリした顔の航が大きな紙袋を抱えて店にやってきた。 航が持ってきてくれた紙袋の中にはセーターとかコートだとか一式が入っていて、それに着替えさせてもらう。 「ごめん。ありがとう。これで凍えなくて済む」 更衣室で航が持ってきてくれた服に着替え、自分の着ていた部屋着はその袋の中に入れた。 それにしても航とは身長差があるから仕方ないけど、ズボンが長くて3つくらい折らなきゃいけなかったのは屈辱的だったけど。 「オレのジーンズ千秋には長いだろ。ちゃんと折れよ」 「うるさい!」 航はケラケラ笑いながら近くにある椅子に座る。 「千秋って今日はバイトじゃないだろ? これからどうするんだ?」 「うん。マスターがここに居てもいいって言ってくれたから、皿洗いでもしてる」 「……それもだけど」 さっき着替えながら航には修平と喧嘩して出てきてしまったことを話していたから、それを気にしてくれているのはすぐにわかった。

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