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30.それは宝物 4
ここが一流ホテルだということは知っていたけど、思っていた以上の豪華な内装に驚きまくりで目が泳いでしまう。
安いビジネスホテルしか泊まったことのない俺にはここがなんていう部屋なのかはさっぱりわからないんだけど、きっと高い部屋には違いない。
修平が言うには商談とかにも使えるような部屋らしい……って結局どんな部屋だよ! って思っていたけど。
外で出来るような話ではないのでこうやって姉ちゃんが俺たちと話が出来る場所を作ってくれて感謝している。
でも修平の話を聞いてから、ふわふわ優しいお姉さんってイメージから一気に笑顔のスパルタ姉さんに変化しているがゆえに、怖くてたまらない。
もう右手と右足が同時に出る状態なわけで。
「どうぞ座って」
そう言われてぎこちなく歩きながら、部屋の中にある椅子に修平と並んで座ると正面に姉ちゃんが座って俺のことをじっと見た。
「あ、あの……」
「そんなに緊張しないで。別に取って食おうなんて思ってないし」
そう言って姉ちゃんはにっこり笑ったけど……。
それが余計に怖いとか言えない。
この姉弟、こういうところがそっくりだと思う。
「結婚、おめでとうって言った方がいいかしら?」
「あ、あの……迷惑かけて、悩ませて……す、すいません」
「本当にそうね」
姉ちゃんは笑顔だったけど、笑顔だったにもかかわらずあまりにも冷たく感じる声が心に突き刺さる。
やはり心の底ではまだ葛藤している部分があるのだろうと思った。
「姉貴、そんな言い方……」
「修平は黙ってなさい」
そう言って話に入ってきた修平に、間髪いれず鉄拳が飛べば、修平が……飛んでいく。
こ、これが噂のぉぉぉぉ!?
一気に体中のあらゆる毛穴という毛穴から汗が噴出すような感じになって固まっていると、姉ちゃんがにっこり微笑みながら椅子に座りなおした。
「私は千秋くんと話をしているのにね」
「……は、はい」
すると修平も平然とした顔で起き上がってまた椅子に座るところをみると、本当に慣れているとしか言いようがなくて、俺は震えながらゴクリと唾を飲み込んだ。
「最初に聞いたときは、嘘だと思った。いえ、嘘だと信じたかったのかも」
「き、きっと……俺がその立場でも同じように思うと、思います」
姉ちゃんはそっと目を伏せて長くて真っ直ぐな黒髪を耳にかけた。
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