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第2話 玄関前の犬

自分の家の玄関前に、犬がいる。 そう思った。 近づくと、それは犬ではなく座り込んでいる男だった。 薄茶色のフリースジャケットを着て座り込んでいるものだから遠目では大型犬に見えたのだ。 「あの・・・ここ僕の家なんですけど・・・」 声を掛ける。反応がない。 「あの!!ここ僕の家・・・」 そこまで言った時、この男が顔を上げた。 その顔は誰かに殴られたのか、左頬が赤く腫れていて口の端から血が出ている。 「え!?ちょっと、大丈夫ですか?」 そう言った時、この男はずるずると横に倒れてしまった。 ちょうど和樹の玄関のドアを蓋する形で倒れられてしまった。男の肩を揺すってみる。 男は”うーん”と言っているだけで、それ以上の反応がない。朝の9時半になろうとしているその時間は、和樹のマンションの管理人さんがマンション中の廊下を掃除し出す時間だ。 このまま放っておきたいが、自分の部屋の玄関ドアを塞がれてしまっている。少し着ているジャケットを弄ってみた。財布が入っている。 開けるとそこには大手の会社の社員証が入っていた。 名前が相良啓司(サガラケイジ)と書いてある。身元は怪しくなさそうだ。反応がない男をもう一度揺すってみる。 「お願いだから・・・して・・・」 男がそうつぶやいた。 はっきり聞き取れないが何かを懇願している。 「ちょっと!ここで意識無くすとか、困ります!相良さん!起きてください!」 そう言っているところに、お隣さんが玄関から出て来た。 隣に住んでいるのは色々クレームを言うめんどくさい女だ。 じろりと見られた。 これ以上面倒になるのはごめんだった。仕方がないから、とりあえずこの男を自分の家に入れることにした。 「ちょっと!相良さん。玄関開けるから、ちょっとだけそっちに行って!!」 体を揺する。 そうしたら、この男は顔を上げて、 「ありがとう・・・」と言った。 この反応がある間に家にいれてしまわなければ・・・。 男の腕を掴んで立ち上がらせる。思った以上に大きな男だ。 玄関の鍵を開けて、崩れそうになる男の体を支えて部屋の中に入った。玄関でまた倒れる。和樹は靴を脱がして、ずるずると引っ張ってベッドのところまで連れてきた。和樹の部屋は一人暮らし用の大きなワンルームだ。一つしか部屋がないのだから。仕方がない。 この男が気がつくまでそのままにした。 寝息を立てて寝ている。酒も飲んでいるようで、だいぶ酒臭かった。 来ていたフリースジャケットを脱がし毛布をかけてやる。和樹よりだいぶと体格がいいこの男をベッドに持ち上げることは無理だった。だからそのまま床に寝かしている。 和樹は眠くなかった。 昨夜はあの”よし君”と一緒にぐっすり寝たのだから。 自分のコートのポケットから、”最後のプレゼント”のダイヤの指輪が入ったティファニーの箱を取り出す。 そしてそのティファニーの箱とメッセージカードを自分のクローゼットの棚にしまった。 それにしても、この”相良啓司”なる男はなぜ自分の部屋の前で倒れていたのだろう?しかもお願い?ありがとう?意味が全くわからない。 起きたら問いただしてみる事にした。 夕方の16時。 男が目を覚ました。 水を渡す。 まだ顔が腫れている。 口元の血もそのまま固まって痛そうだ。 濡れたタオルを渡す。 男はやっと気がついたようだった。 「え??あなたは・・・・?」 「そうだよね?僕のこと知らないよね?相良さん!」 「え??なんで??」 「それはこっちが聞きたいこと!なんで僕の家の玄関で倒れてたの??」 「え?俺、玄関前で倒れ・・・・」 「そ!うちの玄関のドアの前!」 「あ!?ここ、浩二の部屋・・・・」 「違うよ!僕の部屋!僕は和樹!浩二なんて知らない!」 「・・・・グレースマンションの602号室?」 「違う!グレースマンションの502号室!!」 「・・・・・・・」 沈黙が流れた。 「すみません・・・。部屋を間違えてたみたいです・・・」 「ふん!そうみたいだね!もう、嫌になっちゃう!!!」 「ほんと、すみません・・・」 「相良啓司さんでしょ?勝手にお財布見ちゃったよ。流石に知らない人を部屋に入れるのは抵抗があったから、身元わかるもの探させてもらったから!」 「はい・・・すみません・・・」 「何があったか知らないけど、とりあえず、その顔洗ってきなよ。ひどい顔してるよ。殴られたん でしょ?それ!」 言われるまで気がつかなかったが、確かに左の頬骨に違和感を感じる。さっき貰った濡れタオルにも血がついているようだ。 「ほんと、すみません・・・」 「もう謝るのはいいから、早く顔洗ってきて!見てるこっちまで痛くなってくるから!」 そう促されて、やっと床から立ち上がった。 「洗面その扉!」 言われた通りに洗面で顔を見る。 案の定、左の頬骨のあたりが腫れていた。 俺・・・昨日何したっけ・・・。 考えてみる・・・。 そうだ、昨日は恋人の浩二と半年ぶりに会っていた。半年間海外に出向していたから会えずにいたのだ。帰国後すぐに連絡をして昨日の約束を取り付けた。まだ付き合っていると俺は思っていた。だが会って数分後もう新しい男ができたと言われた。嘘だと思った。離れている間も一週間に二度はチャットもしていたし話もしていた。なのに、帰ってきたら男ができたと。その場で喧嘩別れになってしまった。 俺はショックのあまり昔よく行っていたゲイバーに行った。そこまでは覚えている。そこで確か・・・・殴られたんだよな・・・ 俺に言い寄ってきた男の連れに絡まれたんだった・・・はず・・・。 もうその辺から記憶が曖昧だ。テキーラのショットを何杯も飲んだのを覚えている。 そして、多分、もう一度やり直したいと言いに浩二のマンションまで来たのだと思う。でもチャイムを鳴らしても出てこない。だから、きっとそのままそこで潰れてしまったのだと思う。 「で?思い出したの?」 「はい・・・。ホントすみません・・・」 俺は、昨日の経緯を説明した。 「じゃあ、目的の部屋はこの一階上でしょ?今から行ってみたら?」 言われて、気がついた。それもそうだ。俺の目的は、もう一度会ってよりを戻したいことを伝えることだった。 「行ってきます。上の部屋。 ホント、すみませんでした・・・」 そう言って、この部屋を後にした。

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