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第6話 古巣

義姉の家に鍋を食べに行った帰り道。 今日は久しぶりに昔働いていたゲイバーにでも行ってみようかという気になった。義姉の家で久しぶりに楽しい時間を過ごしたからだった。和樹は義姉のことが大好きだ。一番の理解者であり本物の姉弟のように思っている。そして、その義姉を幸せにしてくれている義兄の秀一のことも好きだった。だから毎回この二人に会うと気分が良くなる。 1年ぶりにこの店には顔を出す。重い扉を開ける。中からまあまあの音量の音楽が耳に入ってくる。この店は今流行の洋楽がいつも大きな音でかかっており、フロアは少しだけ踊れるスペースもある。クラブとまではいかないが、ダーツゲームなんかも置いてあるから、若い客が多い。 バーカウンターが10席ほどと、フロアーの周りに少し高いテーブルソファー席が6テーブルほどある。一番奥まっている席は大概カップルがいちゃつく席だった。今も何も変わってない。 カウンター席に行くと店長が1年前と何も変わらず立っていた。 「ちょっと!!和樹じゃない!!あんた相変わらずヒョロヒョロね!生きてたの!?」 店長が大きな声で言いながら両手を上げてカウンター越しに抱きつこうとしてくる。それを上手に交わして1000円を出す。 「ジュンさん久しぶりです。とりあえずグラスワイン」 「もう!!つれないのねー。久しぶりなんだから抱きつかせてよ!」 そう言いながらワイングラスに赤ワインを注いでいる。このジュンはこの店の店長で、もう10年くらい働いていると聞いている。ガタイがよく、髪の毛も短髪でおしゃれなメガネをしている。いつもおしゃれなこのジュンさん狙いの客も多い。 「あんた、あそこの店辞めたんだって?目標額達成したの?」 彼は和樹が風俗で働いていた事を知っている。彼の古い連れが紹介してくれた店だったからだ。あの店の店長の事も知っているようで、入店の時の約束事も知っている。 「1年で上がれたなら、良かったじゃない。なかなか和樹は人気があったって聞いてるわよ」 「はい。あの時はありがとうございました」 「ヤダ!いいのよ。夜の世界に入ってくる子はみんな色々あるんだから、紆余曲折あるだろうけれど、結果的に幸せになってくれたらいいじゃない。まあ和樹はなんだか信念持ってたっぽいからあの店でもやっていけたんだろうけど・・・。それはあんたの強さよ!」 「僕強いですか?」 「少なくとも私が知ってる最近の子の中では、あんたは強いわよ!」 「なんだかジュンさんに言われると、そんな気がしてきます」 「ふふふ。まあ、一年の経験で色々あっただろうし、和樹は頭も悪くないんだから、どこでもやっていけると思ってるけど!」 「そうだといいな・・・」 「え?あんた何?何か悩んでるの?」 このジュンさんは感が鋭い。 「人に言える悩みなら聞くわよ!  私、それ大好物だから!」 そう言っていつもジュンさんは人の相談事を聞いてくれる。 「悩んでる・・・わけではないかな・・・」 「なんだ!じゃあそんなしけた顔してないで、カーッといっぱい飲んじゃいなさい!はい!これ私からのおごり!!」 そう言って目の前にテキーラのショットが二つ置かれる。 「さ!久しぶりに会ったんだから乾杯してちょうだい!」 そう言って、和樹にショットグラスを一つ持たせ、自分も一つ持った。 「久しぶりの和樹に乾杯!!!」 そう言って二人は乾杯をして一気にその酒を呷った。 「お〜、なになに?二人でテキーラ祭り??」 和樹の左からダンディーな声がする。一瞬”よし君”かと思うくらい声が似ていて、ドキッとした。 「あら!エイジさん!久しぶりじゃない!今日は珍しくスーツなのね!」 ジュンの様子から察すると、名前がわかるくらい常連のようだ。 「ああ、今日は結婚式場に行ってたからね」 「あら!いいわね〜結婚式場!」 「ところで、こちらの彼は?」 「あら!エイジさん気になるの?この子は、ここの元スタッフの和樹。今日は飲みに来てくれたのよね〜」 ジュンがそう言って和樹を見る。 「はい。どうも・・・和樹です」 そう言うとさっきのダンディーな男が 「初めまして。エイジです。よろしくね」 低い良い声で優しく話す。その声に少し複雑な気持ちになる。 「いい声してますね。エイジさん」 思わず和樹は言っていた。 「そう?たまに言われるけど・・・  ありがとう和樹くん」 その男は優しい笑顔で微笑みかけてきた。 「ちょっと!エイジさん!今日は何飲むの?」 エイジがテーブルに出ている和樹のグラスをちらっと見る。 「ああ、悪い悪い。んー。和樹くんワインが好きなの?じゃあワイン一本おろそうかな。ジュンも飲むだろ?」 「え〜〜いいのぉおお〜やった〜」 ジュンはそう言って既に、まあまあの値段のワインを片手に持っている。 「これでもいい〜?エイジさ〜ん」 ホステスばりにブリブリで聞いている。 「和樹くんはこれでも大丈夫?」 そう言ってエイジが聞いてくる。 「あ、はい。僕は何でも・・・」 「じゃあ、それもらうよ」 その言葉を聞いてジュンが”やったー”と大げさに喜んで見せている。 「和樹くんは学生?」 ふとエイジに聞かれた。 「この前卒業しました。今はプータローみたいな・・・来週からアルバイト生活です」 「へ〜そうなんだ。アルバイトうまくいくといいね」 そう言って、ワイングラスを和樹の目の前に置いた。 三人で乾杯をする。 「今日はなんだか楽しい日だわ〜!」 ジュンがBGMの大きさに負けないくらいの声で叫ぶ。 それからは客が増えだしたようでジュンはテンション高くお酒をひたすら作っていた。 「和樹くんは、よくここに顔出すの?」 エイジが体を和樹に近づけて耳元で聞いてきた。BGMが大きいから、普通の声で喋るには耳元に寄らねばならない。 「えっと・・・1年ぶりに来ました。一年間ちょっと忙しくしてたで・・・」 和樹は嘘をついた。 「そっか。学生だったんだもんね。俺はこの半年くらいかなー。ジュンと知り合ってね。それで来るようになったんだけど、この店みんな自由だろ?俺、音楽も好きだし客を見てても面白いから」 そう言ってさっきの赤ワインを飲んでいる。 そして自分の好きな音楽の話をし始めた。 和樹はその話は半分上の空で、このエイジのことを見ていた。年は30代半ばくらいだろうか?なんの仕事をしているのだろうか?声が少し”よし君”に似ているから、耳元で聞く声が心地いいのだろうか?とか・・・。 そんなことを考えながらエイジを見ていた。 「和樹君俺のことそんなに見て、俺、顔に穴が開くよ。ふふ」 そう言われるまで和樹は気がつかなかった。急に恥ずかしくなる。 「・・・・すみません」 「そんなに俺の顔変わってた?」 そう言ってまた優しく笑いかけてくる。 ますます恥ずかしくなった。 エイジの携帯が光った。 「ちょっと失礼」 そう言ってエイジが店の外に電話をしに出た。 店内はいつの間にかごった返していた。 エイジが戻ってくる。 「ごめんごめん。ちょっと俺行かなきゃいけなくなった。和樹くん。また近々会おうね」 そう言うとジュンに必要分の金を渡して颯爽と出て行ってしまった。 また近々会うって・・・。 またこの店で会おうってこと? そんなことを考えながら、続きのワインを飲んだ。

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