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第10話 再会
4月頭
アルバイトに行く様になって、一週間がたっていた。
スタジオで意外な人に再会した。
エイジだ。
「和樹君、久しぶりだね。
仕事には慣れてきたかい?」
そう声をかけられて、固まってしまった。
「ああ!エイジ君、この前の現場ありがとう!これ、この前のギャラね!」
そう言って百合子さんが封筒を渡している。
「ああ。お安い御用だよ。いつでも言ってくれ。こっちも臨時収入が入って助かるしね!」
百合子に向かってエイジが言っている。二人のやりとりを見て固まっている和樹に百合子が気がついた。
「ああ、この前面接してた和樹君。
一週間前からアルバイトに来てもらってるのよ」
「この前採用するって言ってたもんな」
エイジが相槌を打つ。
「和樹君、彼はうちの取引先のカメラマン。後藤エイジくん。私とはカメラマン仲間で同期。そして、こちらが和樹君。メイクのアシスタント。まあ雑用もしてもらってるけど・・・」
そう百合子が改めて紹介してくれた。
「和樹君改めてよろしく」
そう言ってエイジが握手をしてきた。
「改めて?」
百合子が不思議そうな顔をして聞いている。
「それは内緒!」
エイジが和樹に向かってウインクをした。
「なになに?気になるなー」
そういう百合子をなだめながら、エイジは百合子と次の仕事の打ち合わせを始めた。
どうやらこのエイジは和樹がスタジオの面接に来ていた時にもここにいたようだ。それで採用されるのを知っていて、偶然会ったゲイバーで”また近々会おう”と言ってきたのだった。
「和樹君、今夜はあのバーに行くけど、一緒にどう?仕事は何時まで?」
そうエイジの帰り際に言われた。
「えっと・・・今日は19:30までです」
「じゃあ、その位に迎えに来るよ」
そうこっそり言ってスタジオを出て行った。その日の19:30過ぎ。
スタジオを出ると、すぐにエイジが目に入った。こちらに向かって歩いてくる。ガタイが良く、街中でも目立つ。
「和樹君はお腹減ってない?」
そう聞かれて、少し減っていることに気がつく。
「少し、減ってます」
素直に応えると、
「じゃあ、先に軽く食べようか」
と言って寿司屋に連れて行かれた。どうもその寿司屋も常連のようで、大将と仲良く話をしている。和樹はこのエイジの声が心地よかった。だって”よし君”に似ているのだから。
「好きなものを食べてよ。ウニでもいくらでも鮑でも」
そう言って勧めてくる。
「じゃあ茶碗蒸しと、白身系と貝が食べたいです」
そういうと、大将にそれを伝え、適当に握ってもらう様に伝える。こういう大人の対応をしてくれる男の事が和樹は好きだ。久しぶりにお姫様になったような気分になっていた。
その後、あのゲイバーに向かう。
変わらずドアを開けると大きなBGMがかかっている。カウンターにいる店長のジュンがまた大袈裟に二人を迎えた。
「やーだー!なになに??二人そろっちゃって!!
こっちにどうぞー」
そう言いながらコースターをカウンターに二つ並べている。
「今日は何のむのー?ワイン???」
ジュンはテンション高く聞いてくる。
「和樹君はワインが好きだよね?ワインでいいの?」
エイジが優しく聞いてくる。
ジュンの目線がそうしろと言っている。
「エイジさんはワインでいいんですか?」
そう聞き返すと
「いいよ。この前のワインはある?」
そうジュンにオーダーを言う。またテンション高くジュンがバンザイをしてやったーと喜んでいる。その姿を笑いながらエイジが見ていた。
「今日もいい日だわ〜」
そう言いながらワインをグラスに注ぐ。エイジと和樹とジュンで乾杯をした。ジュンはグイッと一杯飲むと、新しく入ってきた客の対応をしに行った。
「ジュン君はいつ来ても明るくていいね。面白いよ」
そう言いながらエイジが優しく笑っている。
和樹は元いた夜の世界に戻った気がした。
「和樹君はモデルに興味ない?」
突然エイジに聞かれた。
「え?モデル?」
「俺は今、作品集を作っていてね。そのモデルになってくれないかな?写真で作る物語がコンセプトになっていてね、五人のモデルを探しているんだよ。残り一人なんだが、なかなか思うモデルが現れなくってね。もう、一年その作品の写真は撮っていないからプロジェクトが止まっている次第でね。和樹君がぴったりなんだよ。俺のイメージと」
そう言われた。
「どんなコンセプトなんですか?」
尋ねてみる。
「Boys to men。少年から男へ。蛹が羽化するようなイメージというのかな。肉体の話じゃないよ。内面の話なんだ。俺は和樹が面接を受けている姿を見ていいなと思ったのだけど、まさかここ『ゲイバー』で会うなんて思ってなかったから。どうだろう?写真を撮らせてくれないかな?」
そう耳元で囁いてくる。
変わらずこの店のBGMは大きい。そう囁かれると、もう和樹は抵抗できない気がした。どうしてもあの”よし君”が思い浮かんでしまう。
「僕ができるかわからないけれど、それでもよければ・・・」
思わずそう答えていた。
「ふふ。良かった。撮影をする日は君の休みの日にしよう。シフトが決まったら教えてくれ。外での撮影と部屋での撮影をしたいから。天気とかの条件もあるからとりあえず休みの日を教えておいておくれな」
その約束をした。
一人部屋へ帰る。
その道中で啓司から着信がなった。近くで飲んでいたが、電車を逃したから泊めて欲しいというものだった。そのことを了承して、マンションの前で少し待つ。もう近くにいるはずだ。彼は酔っているのか少し千鳥足だ。
「和樹ー。ごめんなー。突然」
「いつも突然じゃない。今更驚かないから」
「優しいなー和樹はー」
そう言いながら肩を組んできた。部屋に入る。もう啓司にとっても慣れ親しんだ部屋のようにくつろぐ。
「上着かして!シワになっちゃうよ。明日も仕事でしょ?」
和樹がそう言って啓司の服を脱がせていく。
下着姿になった啓司にペットボトルの水を渡す。
「和樹は今日は何してたの?いい匂いがする」
そう言いながら腕を引っ張られたから、
啓司の腕の中に和樹は飛び込む形になった。
「今日は仕事行って、寿司食べて、ワイン飲んできた」
そう答えながら腕を解こうとするが、
きつく抱きしめられているから逃げられない。
「なんか良いもの食べてる・・・良かった。ちゃんと食べてるんだね」
母親の様なことを言ってくる。
「もう、啓司酔ってるでしょ!そのまま寝たら?」
「う〜ん。そうする〜。このまま和樹も寝よ?」
そう言いながら和樹のことを離さない。酔っ払いに抵抗しても無駄なことは、重々知っている。和樹はされるがままにした。
「は〜。和樹いい匂い。落ち着く〜」
そう言ったかと思ったら、もう寝息を立て始めた。
和樹はおかしくなった。
この啓司といると不思議と楽しかった。暫く抱かれたままにして、落ち着いたところで自分も服を着替え電気を消す。もう一度啓司の腕の中に潜り込んだ。
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