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第17話 分からないまま
次の日の朝、和樹はエイジの部屋から帰る。いつもならエイジも目を覚まして玄関まで送ってくれる。だがこの日、和樹はあえてエイジを起こさないようにして、こっそり出てきたのだ。なぜだか、顔を真っ直ぐ見れない気がしていた。
きっと、昨日エイジは気が付いたと思う。最後に思わず”よし君”の名前を口走ってしまった。聞き取れなかったかもしれないが、普段の自分ではない男娼時代の和樹が顔を出していたのだから、違和感は感じたはずだ。体には昨日ついたキスマークがついているはずだ。だが、それを嬉しいと思えなかった。それが答えたっだ。
この日の仕事は昼12時から18時のシフトだった。
仕事に行き夕方スーパーに寄って帰る。そのスーパーでゲイバーのジュンとばったり会った。
「和樹!こんなとこで会うなんて珍しいわね!」
ジュンから声をかけてきた。
「ジュンさんこそ、スーパー似合わない・・・」
そう言うと、
「私だってスーパーにはくるわよ!ほら店で出すライムとレモンと、果物とチョコレートの買い物よ!出勤途中!」
「ああ、そっか。この近くでしたねジュンさんの自宅」
「そそ。だからねー。それにしても和樹顔色悪くない?大丈夫?なんか心配事あったらいつでも相談するのよ!私は大好物だって言ってるでしょ!」
「うん。ジュンさんありがと。大丈夫だよ。またお店に行くから」
「待ってるわよー。エイジさんとまたいらっしゃい!」
「あ・・・エイジさん・・・とは暫く行かないかも・・・」
「あら?なになに??何かあったの??まあ、どうでもいいけど。とりあえず考え込みすぎないようにするのよ!本能で生きなさい!あんたは考えすぎるんだから!」
そう言うと、時計を見て、仕事遅れちゃう〜と言いながら颯爽と会計をすましてスーパーを出て行った。
和樹も会計をすまして帰る。
夕方20時過ぎ、玄関のチャイムがなった。
啓司だ。
「和樹・・・久しぶり・・」
二ヶ月ぶりに会う啓司が薔薇の花束を持って立ってた。久しぶりの啓司はすっかり日に焼けて、髪の毛も短く刈り上げて、すっかり夏男になっていた。
「うん久しぶり・・・どうぞ。上がって」
部屋に通す。
「これ、海外出張のお土産・・・と和樹の好きな薔薇、花屋の前通ったら綺麗だったから・・」
部屋に薔薇のいい匂いが立ち込める。和樹は礼を言いながらお土産の入っている袋を開ける。そこには綺麗な色のストールが入っていた。
「これ、また高かったんじゃない?」
「ううん。そんなには。でも和樹に似合いそうだと思って・・・」
スカイブルーから紫にグラデーションになっている、綺麗なストールだった。
「お酒飲む?啓司・・・」
「あ・・・えっと。うんそうだな。何かある?」
「うん。ウイスキーと白ワインとあるけど・・・」
「じゃあ今日はウイスキーにしようかな・・・」
その返事を聞いて、ロックグラスに氷を入れて和樹がグラスを二つ持ってくる。バーボンをボトルから二つのグラスに酒を注ぐ。
「久しぶりだな。ほんと」
そう言ってグラスを合わせて二人で飲んだ。
しばらくの沈黙の後、啓司がおもむろに口を開いた。
「和樹、この前はごめん。俺、なんだかわかんなくなって、あんな風に出て行ってしまったけど、和樹に怒ってたわけじゃないから。いや、怒ってたけど、自分に怒ってたって言うか・・・。俺、和樹のことが気になるんだよ。変な出会い方だったけど、どうしても気になるんだ。で、あの日、あのお前の写真見て、嫉妬した。こんな顔の和樹を俺見たことないのにって思った。で、完全に気が付いたんだ。俺、和樹のことが好きだ。友達としてとかじゃなくて、男として、恋人として好きなんだ。だから、真剣に俺と付き合って欲しい。
だめか?」
そう話している啓司の顔は真っ赤だ。
でも、和樹は答えられずにいた。
「啓司・・・僕、自分がわからないんだ・・・」
そう言って俯いている。啓司は続けて言った。
「和樹、今すぐにとは言わないし、和樹もあの時辛いことがあったんだろ?だからゆっくりでいいから俺のこと考えて欲しい。俺はお前のことは本気だから。本気だから、お前の心が決まるまで手を出さないって決めてるから。もう一緒に寝るのもしない。だから今日はこれで帰る。でも、何かあったら俺に頼って欲しい。今、付き合ってる人がいないなら、俺がお前の一番の味方になりたいって思ってることは覚えていてくれ。俺、真剣だから」
そう言うとウイスキーをぐいっと飲み干して、玄関から出て行った。
啓司は胸が張り裂けそうになっていた。今さっき話している時に気が付いてしまったのだ。和樹の首筋のキスマークに。昨日きっと和樹はどこかの男に抱かれたのだ。でも自分がわからないと言っていた。だから、少しの可能性を信じてみることにした。
啓司は明後日からまた海外出張だ。今は忙しい事が救いな気がした。
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