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第18話 出張

次の日から毎日啓司は和樹にラインをし始めた。寝る前におやすみラインをする。返事が返ってこようが返ってこなかろうが続けた。既読になるのが遅い時は、気が狂いそうだったが、自分も海外出張中だった。海外出張に行っていることはラインで伝えた。それには気をつけてと返事がきている。 もうこうなったら啓司は本気で和樹を口説き落とす覚悟を決めていた。 そうは言っても、今は目の前の仕事と向き合わねばならない。 タイに来ている。こちらで日本の企業と合同プロジェクトが進んでいた。啓司の勤めている会社は大手商社だ。こちらで取引先のお偉いさんと会う予定だった。 「君が相良君かい。君の話は聞いているよ。なかなかできる男だっていい話をね」 取引先の由良専務と挨拶を交わす。 「初めまして、相良啓司と申します。由良専務とこうしてお会いできるなんて思いも致しませんでした、今後ともよろしくお願いいたします」 そう言って挨拶をした。この日はこの専務とあと二人と夕方から会食だ。仕事の話もそうだが、どちらかというと今日は顔合わせで親睦を深めることが目的だ。普段専務はもちろん日本にいらっしゃるが、このタイミングでタイに来られるとの事でセッティングされた会だった。そのまま会食に向かう。現地で美味しいと評判のタイレストランだった。そこで3時間くらい話をしただろうか。 この由良専務はとても素敵な人だった。 自分は若い時に最初の嫁を亡くして、娘が一人いると。その娘がもうすぐ出産を控えていて、今はお爺ちゃんになるのが楽しみだと言うこと。そして自分は2度目の結婚をしたがその奥さんも病気で亡くなってしまったこと。その時の連れ子の息子がいるが、その息子のことが心配だと言うこと。もう成人したから自分でどうにかして行っているようだが、子供時代に寂しい思いをしただろうから早く人生のパートナーを見つけて幸せになってほしいと思っていること。 愛情に溢れる人なのだと、話を聞きながら思った。 「相良君は結婚はしているのかね?」 そう聞かれた。 「いえ・・・残念ながらまだです。僕もパートナーが欲しいとは思っているんですが・・・なかなかあの人は簡単には落ちてくれなくて」 「そうか・・・まあ人生1度しかないからな。仕事に一生懸命になりすぎて気が付いたら年老いてたってことにはならないように、手に入れたい人ができたら本気で口説けよ」 そう言われた。 「俺なんか2度目の結婚の時には、オセオセで押したもんだよ。残念ながら一年で亡くなってしまったがな。でも彼女と知り合って、3年も押したさ。いい恋愛させてもらったな。本当にいい女だったよ彼女は。素晴らしい女性だった」 そう言いながら遠い目をしている。 「僕も頑張ります」 そう言ってその日の専務との会食は幕を下ろした。 その三日後にまたアポを取っていたのだが、由良専務は身内の事で、急遽日本に帰られたとのことだった。俺はきっと娘さんが産気づいたのだろうと想像した。あの様子だと、もうだいぶ近々のことだっただろうから。 そして、タイでの仕事を終えて、数日後啓司は日本に帰国した。その間も毎日和樹にはラインをしていた。返事は来たり来なかったりだったが、それでもあの由良専務にも言われた通り、手に入れたい人ができた今、本気で口説き続ける覚悟だった。

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