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第20話 姉の出産
啓司が来た日から和樹の部屋は薔薇の匂いに包まれている。薔薇の匂いで目が覚めて職場に出勤した。この日は和樹は出勤後すぐに百合子さんに呼び出された。
「和樹君、お姉さん産気づいたそうよ!今はまだ分娩室に入ったばかりだって連絡があったわよ!和樹が電話に出ないって秀一さんからここに電話があったわよ!」
「え?」
携帯を見てみると、いつの間にか充電が切れていた。すぐに充電する。着信履歴を見ると10件の着信と、啓司からのラインが入っていた。
「とりあえず無事に出産したらこっちに連絡もらうことにしてるから、まあ和樹君は頑張って仕事して頂戴。今あなたが行ってもできることなんてないんだから」
そう百合子さんに言われて確かにそうだと納得した。その日の業務をこなす。
昼16時頃に珍しく義父からラインが入ってきた。
”和樹、今夜は時間があるか?あやが産気づいてるから一緒に秀一君と過ごすぞ!”
そう入っている。
”わかった。仕事は20時に終わるから、その後産院に行きます”
そう返事を送る。
”じゃあ20時過ぎに産院で”
それからはあっという間に時間が過ぎる。和樹は身近に出産した人がいない。だから何もわからなかったが、百合子さんと直美さんがいろいろ教えてくれた。
出産は命懸けだと言う事。
産後の女の大変さ。
こんな時には男は何もできないこと。
だから産後は母親を労ること。
そして生まれてきた子供は愛の結晶だと言うこと。
出産した後は女の体も変わるし、何より母性が爆発していることなど・・・。
それらの話を聞いていたら胸が熱くなってきた。
僕もおじさんになるんだ・・・。
生まれてくるのに母親は命を懸ける・・・。
僕の母親も命を懸けてくれたのだと思うとなぜか涙が出そうだった。今はもうこの世にいない母だったが、無性に会いたかった。
『愛の結晶』
自分の中の寂しさが波のように押し寄せてきていた。そして、そんな時に浮かぶ顔はなぜか啓司だった。啓司から来ていたラインに返信を返す。
”姉が産気づいたみたい。啓司は今まだ海外だよね?日本に帰ってきたら、一度連絡ください”
そう送った数分後、すぐに返信が返ってきた。
”お姉さん無事に出産できますように。和樹もおじさんなんだな。またその話も聞かせてくれよな。5日後には帰るからまた成田に着いたら連絡入れるよ”
そのラインを見て無性に胸が熱くなる。
一人でいたらきっと泣いていたと思う。
夜20時。約束通り仕事を終え、産院に向かう。
「和樹!久しぶりだな!つい2時間前に生まれたぞ!女の子だって!」
義父が嬉しそうに涙を流しながら、和樹に近づいてきた。
「女の子?・・・よかった・・・無事に生まれたんだ・・・」
和樹もつられて泣いた。
そこにあやの旦那の修一も現れた。
そして、男三人で泣いた。
いつか母親が言っていた言葉を思い出していた。
”赤ちゃんはこの世に生まれてきて、お母さんお父さんの顔が見れて嬉しさで泣くのよ”
その言葉を思い出して、また泣けてきた。
僕も誰かに愛されたいと心の底から思った。
そしてその時も思い浮かぶ顔は啓司だった。
赤ちゃんがいる部屋に見に行く。
「ほら、あそこにいるのがうちの子」
秀一が指を差す。その先には、さっき生まれたばかりの小さな命が寝ていた。
「かわいい・・・」
ふと口から出ていた。
「だろ?うちの子が一番かわいい!」
もうすっかりジジバカになっている義父が小さな声で呟いた。不思議なものだ。生まれたばかりの赤子はほとんど同じように猿みたいなのに、なぜか可愛いと思える。厳密には和樹と血は繋がっていない。でも無性に可愛いと思えるのだ。
「和樹もおじさんだよ」
「うん。和樹おじさん・・・」
自分で言って恥ずかしかった。でも嬉しかった。一通り落ち着いた後、あやに会いに行く。時間が遅いため少ししか会えない。3分だけ面会を許してもらえた。姉は疲れているようで、また2日後に出直すことにした。
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